中学校の林先生が言っていた、【座布団の原理】について思い出した

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令和元年文月16日  今日もクルクル通信328号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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「今日もけっこうパツパツだから、昼は吉牛かな? やっぱり牛丼は吉野家なんだよね。

松屋はあるとしたら。【牛めし+キムチ】。昔、【キムチ牛めし】ってのがあったんだけど、
今はないから、疑似的に混ぜて作る。どちらも高校受験の味なんだよね。

池袋の河合塾に通っていて、ほら?あの西武の並び。光麺の横の松屋にめっちゃ通った。

吉牛は一本奥でジュンク堂の並び。当時はジュンク堂はできてなかったけど」

「へー、河合塾行ってたんだ!?良かった?勉強できるようになった?」

「いや、正直、塾が良かったかどうか?は分からない。結論、僕は受験勉強はできなかったから。

これだ!っていう科目が一教科もなかったもん。今もう一度、受験勉強をすることがあったら、

「まず、絶対に点が取れる!」と自信を持てる科目を作ることから始めるね。

総合点で戦う試験だったら、一教科が、ずば抜けていれば後はどうにでもなるような気がする。

ほら、N君も、高校2年で数学を捨てて、英語+歴史?かなんかに絞っていたんだよね。結局、現役で第一志望に受かったからね。あのタイミングで絞れたってのはすごいと思うわ。捨てる勇気

今朝、そんな会話をしながら朝食を食べていました。そこで会話は一旦終わったのですが、その後も、もうちょっと考えてしまいました笑 それは、

総合点で競い合うテストだったら、確かに一科目ずば抜けて得点を稼げるものがあれば、戦力として計算できる。これは大きい。

しかし、スコア以上の利点があるとしたら、それは、自信が生まれるということなのかもしれない

ということです。

おそらくなんですけれども、一教科でも自信があると、それが更なる自信を生んでくれるのではないか?

その自信があるからこそ、次に別の科目に取り込んだときも、

「あれができたんだから、きっとこれもできるっしょ!」」

というある種、根拠があるとは言い切れない自信が自分を乗せてくれるのではないか!?

それによって、実際にその科目も成果も上がるのではないか。

あるいは、成果を上げた時のパターン認識みたいなものが生まれることがあるのではないか?

そんなことも思うのです。

次の科目を勉強している時に、どこかで

「あー、こういうことね。あの科目のあそこと一緒かも!」

みたいな、気づきが生まれ、それが自信をさらに上書きしてくれる。

そんなこともあるのかもしれない。

実際に受験でそんなことをやれたわけでもないので、ただの想像ですが…きっとそんな自信が自信を生むメカニズムがあるのではないか?

小さな自信がどんどん雪だるまになって、大きくなっていく。プラスのサイクルが加速していく。

島田紳助の笑いの理論でいうところの、

ローリングしていく

みたいな感じでしょうか? これがあるのではないか?

ちょっと違うか笑

もし、これが仮に正だとしたら、きっと、受験勉強だけじゃなくて、ビジネスでも一緒なのかもしれませんね。

ピーター・ティールの言う小さな市場でまず確実に勝っていくこと。

ドラッカーのいう強みで戦いなさい

っていうことも、同じに感じると言いますか、

年を重ねて、書籍でこのようなことを学んだからこそ、今受験をやり直すなら、

一教科ずば抜け作戦が浮かんでいたのかもしれません。

中学2年生の時の担任の林先生が、

「勉強っていうのは、座布団みたいなもんだ。

ほら、座布団って、真ん中の一点を持ち上げると周りも持ち上がってピラミッドみたいになるだろ!?

一教科ができるようになると、それに引っ張られるように他の科目ができるようになるんだ」

という話をしていたことを思い出しました。

この座布団の原理の根本にあるのは、自信なんじゃないか?

そんなことも思ったのです。

何事もまずは一点突破から。

一点突破。狭くてもいいから深い強烈な穴を開けるべく、くるくるくるくる行動していくのです。

しかし、それにしても、なんであんなに吉牛は美味しいんですかね?

完全に思い出補正でしょうか笑

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【今日のうねり】
受験勉強もビジネスもまずは、ずば抜けた一教科を作ることが大切なのではないか?

それは、スコアが計算できるということもあるが、それ以上に、自信を生んでくれることがなのでないか?

一つの自信が生まれると、次の科目にも「きっとできるっしょ!?」といった根拠のありそうでない自信が生まれ、それを自分自身を乗せてくれるのではないか?

それこそが、価値であろう。

この自信こそが、中学校の林先生が言っていた、座布団の原理の根本にあるのかもしれない。