要注意!知ったかの罠

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令和元年文月31日  今日もクルクル通信343号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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今朝、読書について大学の先生が語っていた動画を見ていました。そこで、読書における理解や記憶の定着は

受け皿×アンテナ×システム

で決まるという話がありました。

受け皿とは、既に読者が持っている知識やその領域の情報量。

アンテナとは、文字通り、読者が何をこの本で得たいと思っているのか?読んでいる目的。

システムとは、本で出てきた知識をどのようにすれば、定着しやすいのか?という方法論のこと。例えば、例えばゴロ合わせ、エピソード作りなど。(今回は深くは触れません)

実際、自分が好きな領域の本であるならば、

「あー、この話ね」

といった感じで、前提知識に助けられて、スピードを上げて読んだ経験はありますよね。

楽天の三木谷さんはこの知識量が膨大にあるので、どんな書籍でも、だいたい5分で読めるとか。そんな話も出ていました。

それぐらい受け皿は、読書において大切な要素だそうです。

確かに、

良書は何度読んでも、その度に学びがある

という話も聞きますし、実際経験もありますが、それは、この受け皿がステージによって伸びてくるから。それに合わせて、自分のアンテナの方向も変わるので、その都度、新しい発見があるんでしょうね。

僕は、読書と同じぐらいの音源学習を導入していますが、これなんてまさにそうです。

何度も聞いている音源なのに、

「あれ、こんな話あったっけ? あー、そういうことなんだ!」

といった学びや気づきを新たに発見する経験を良くします。

で、この話を聞いて、昨日、ブログで書いた、

例えば、出身地や出身校、好きな本が一緒という情報が分かると、出会った人と急に親近感がわく

っていうことも関係あるかもなって思ったのです。

これらの情報って、この方程式で言えば、受け皿に当たるなって。

どれだけお互いの共通項があるのか?

それによって、お互いの理解も、そのスピードも高まっていきますよね。

それと同じことが言えそうです。

でも、よくよく考えてみれば当たり前で、

読書は、著者と読者の対話であり、

コミュニケーションは、人と人との対話ですから、

対象が、本なのか?人なのか?という違いだけですもんね。

会話が盛り上がっている時っていうのは、

お互いの、そもそも持っている知識や情報量と、

関心を持っている領域、すなわちアンテナの方向が合致している時のことなんでしょうね。

だから、その時は、お互いの理解の深さもインパクトも格段に高くなるんですよね。

盛り上がっている会話は、

例えば、卓球やテニスでリズムよく球がポンポン打ち返されている時と似ていますね。

複数人で会話が盛り上がっている時は、サッカーのパスワークのスピードが速い時と同じでしょうか。

これも、そこに参加している人間の腕前が等しい場合に起こりますよね?

能力が違いすぎると、リズムが合わなくて、そのラリーやパス回しが楽しくならない。

って考えると、人とのコミュニケーションも読書もスポーツも、心地よい瞬間、空間というのは受け皿(知識/能力)で生まれるのかもしれません。

となると、やっぱり、大量のインプットは欠かせないようですね。

ただ、

受け皿の罠、ならぬ、

知ったかの罠

は要注意だと思うのです!

これは、例えば、大学受験の現代文の時に稀にあった、

「あー、この話、知っている、あれね!あれ。受け皿あるじゃん」

って思いこんで、読み飛ばしまくる。著者の主張もちゃんと読まずに、過去の知識と自分の主張を回答をして、全然点数は取れなかった

なんて事態です。こんな経験ありませんか?

こんな事態はテストならまだ良いですが…(良くないか笑)

コミュニケーションにおいては、絶対に避けたいところです。

1歩間違えるぞ、

「あ、この人、めちゃノリは合うけど、実は人の話全然聞いてないじゃん?」

なんんて、とんでもなくマイナスな印象だけ与えて、さようなら

になってしまいますので笑

何が辛いって、当の本人は全くそのことに気づかない

ってことですよね。

コミュケーションにおいては、知ったかの罠には要注意なのです。

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【今日のうねり】

読書も、コミュニケーションもテニスやサッカーといったスポーツも、相手との対話があるものは、前提となる知識や能力が揃っていることが大切だ。

それが揃っていれば、そこでの対話は円滑にかつ、盛り上がるものとなる。

であるならば、何よりも、インプットは欠かせないのだ。

時に、対話の前提となっている知識が、自分にあることによって、

あー、これ俺、わかってる

という勘違いから、相手の主張を聞かないと言った、知ったかの罠があるので、対話においては、相手の話をしっかり聞くことは欠かせない、要注意なのだ。