スラムダンク流川と名軍師張良 兵法の奥義とは?

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令和元年葉月1日  今日もクルクル通信344号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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靴を落とす人

この話を聞いたことがありますでしょうか?

これは、項羽と劉邦の劉邦の軍師であった張良が、兵法の奥義を悟ったというエピソードと言われています。

張良が浪人時代に武者修行をしている旅先で、黄石というヨボヨボの老人と出会いました。この老人が

「太公望秘伝の奥義を教えてやろうか?」

と張良に申し出て、それ以来、彼は喜んでこの老人のことを「先生、先生」と呼ぶようになりました。

ところが、そう言ったものの、この老人は何も教えてくれません。

ある日、老人が馬に乗ってやってきて、張良の前で靴をポロリと落とし、

「取って、履かせよ」

と言い、張良は内心、むっとしていたのですが、弟子として履かせたそうです。

また別の日、再び馬に乗った老人と出会うと、今度は両足の靴を落とし、

「取って、履かせよ」

と命じたそうです。

張良は、さらにむっとしたが、これも兵法修業のためと甘んじて靴を拾って履かせたそうです。

この瞬間に、張良は全てを察して、太公望の兵法の奥義を会得、免許皆伝となった。

というエピソードです。

うーん。謎ですよね。。

これが意味するところは何か?

彼が学んだ、必勝の兵法とは、必敗の構造を知るということだ。

という説があります。

一度だけでなく二度も連続して目の前で靴を落とされると、その2回の行動が彼の中で、シグナルとして埋め込まれてしまっている。

もし、仮に3度目に出会うことがあった場合は、出会った瞬間から、張良の頭の中には

今回も靴を落としてくるのか? 

いや、ちょっと待てよ。今回は…一体、何をしてくるのだ?

という問いが生まれ、身構えてしまっている。

既に、立ち合いが始まる前から後手に回ってしまっている。

始まる前から、相手に魅入られるということは、行動の自由を奪われていることと同じ。

絶対に先手を取ることができない。その段階で、必敗の構造になっている。

というものです。

一方で、老人は、完全に自由自在です。何をしたって良い。

相手が勝手に想像し、身構えているだけですから。

これは、どう考えても、張良の圧倒的不利な状況ですよね。

武道では、このように「相手がどう動くのか?」を読んで、待ちの状態となってしまっていることを、居着きと呼ぶそうです。

相手を解釈者の位置に固定させることは、武道的には、必敗の立場に身を置くことになるそうです。

彼は、

必敗の状態に身を置くことによって、必勝の極意を学んだ。

と言われているそうです。

あれですね、スラムダンクの山王戦。流川vs沢北の流川のパスと一緒ですね。

「今度は、抜ける」

ってやつと笑

「2本のパスは布石。一つに絞れないから、ディフェンスが後手になる」

という安西先生の解説。(ちょうどいいのがあったので、リンクを張っておきます笑)

 

さて、一瞬逸れましたが…このエピソードは、ビジネスにおいてもとても学びが多いと思ったのです。

即ち、

超一流のサービスを提供しようと志すのであれば、徹底的に超一流のサービスを受けなければならない。

ということです。

あるいは、もし、仮に、

高価なものを販売しようと思ったら、高価なものをたくさん売られなければならない。

美しいビジネスモデルを作ろうと思ったら、美しいビジネスモデルにどっぷりハマらなければならない。

超一流の人になりたいと思ったら、超一流の人やモノに山ほど触れなければならない。

「あー、これは凄い!参りました!」

という、完敗の経験が、完勝を生み出す

3000年前から変わらない、原理原則のようなのです。

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【今日のうねり】
兵法の奥義とは、必敗を知ることだ。これは、必敗の状況に陥ったものだけが学ぶことが出来るものだ。
相手をいかに居着かせることが出来るのか?
これなのだ。
このことは、ビジネスにおいても同じ。
一流のサービスを提供しようと志すのであれば、一流のサービスを山ほど受けることが必要なのだ。
そうやって、提供されることによって、極意を学ぶのだ。