言葉にできる、できないの差は?

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令和元年葉月19日  今日もクルクル通信362号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日は、タグボート徳光さんが主催するアートイベント、【インディペンデント東京2019】に。今日は【天気の子】をやっと見に行ってきました。

先週徳光さんの書籍を読み、昨日のイベントでご縁も頂きまして、大変ありがたい限りです。

アートも、アニメも基本的には縁遠い私ですが、どちらもとても良かった!です。

後者は…めちゃめちゃ良かったですね!個人的には【君の名は】よりも刺さりました。

具体的にどこが良かったか?

と言われれば、

例えば、そもそもストーリー設定が魅力的だった。世界観が凄い。

東京の街並みがめちゃめちゃリアリティー溢れていた。特に田端駅の線路沿いの坂の感じや、山手線と京浜東北線と新幹線はやぶさが、行き交う描写が良かった。小学校の通学を思い出しましたよ。

新宿、渋谷の街並みの緻密さが凄かった。

画が綺麗。

などなど、いくつか挙げることができます。

が、しかし、昨日の【インディペンデント東京】の何が良かったのか?

と問われると、ほとんど言葉にすることができません。

おそらくですが、100人のアーティストの500点以上のアート作品を目にしました。

油絵があったり、シルクスクリーンがあったり、紙細工があった、アクリルの3Dアートがあったり、浮世絵があったり、

本当に数多くの形態のアートに触れ、わずか10分程度で脳内メモリはパンクしてしまいました。

でも、良かったんです、

それは、普段接することのない世界に触れられたから。脳が普段受けることのない刺激を受けたから。

そういう意味では良かったんです。

でもそれ以上、具体的に言葉にすることができないんです。

【天気の子】は稚拙ですが、具体的に言葉にできたとしても…アート作品は全然できない。

何故なんだろうか?

そもそも受け皿がないから

なんだと思ったのです。

アートに対しては、経験値が不足しているんです。数えるぐらいしか、美術館には行ったことないですし、幼いころから身近な存在ではなかったので、情報、知識などの受け皿が全くないんですよね。

だから、何をどう見ていいのか?

皆目見当もつかないんですよね。

アートの見方なんかないよ。心が赴くままに見ればいいんだ。

そういう話はあるとは思うのですが、ちょっとキャパ越えしてしまいました。

受け皿に加えて、アンテナもないですからね…理解度が低くて当たり前ですよね。

もちろん、その空間で過ごす時間は楽しいのですが…

一方で、【天気の子】はというと、

確かに、アニメという観点で言えば同じようにほとんど知識も経験もありません。

最後に見たのは、新海監督の前作【君の名は】だと思いますので。

しかし、映画は、月1本とは言わないですが、2か月に1本ぐらいは見ています。

物語に触れるという観点で言えば、

小説読みますし、ドラマも多少は見ます。私の履歴書は毎日読んでます笑

なので、物語の受け皿は多少あるんだと思うのです。

だから、アートに比べたら、理解もできたのかなって思いました。

2日連続で慣れない、良い経験をしたので、

その両者の良かったの違い

について考えてみた次第です。

脳にも沢山刺激をもらえました。

それにしても、

【天気の子】は良かったなー。もう一度行ってしまうかもしれません。

アートは、まずは美術館慣れということで、高畑勲展@東京国立近代美術館に行ってみようと思います。

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【今日のうねり】
理解が出来た、出来ないは「言葉に出来たかどうか?」と関係している。
それを決めるのは、経験値という受け皿なのだ。
知識や情報、経験がある領域においては、新しいことに触れても、言葉にできることが多い。
全く、言葉に出来ないことに出会った場合は、受け皿がないことが原因であろう。
そういった、領域でも自分が伸ばしていきたいと思ったのであれば、「大丈夫」
まずは、受け皿を作っていくことから始めればよいのだ。