「えっ、あれができない人なんですか!?」100年の恋も冷める瞬間を避けるために

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令和元年長月15日  今日もクルクル通信390号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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広い意味で、躾と習慣は同じ。

どちらも、最初はできなかったことが、何度も何度も(親に)言われる。あるいは自分で言い続け、繰り返しやり続けることによって、

ある時、意識しないでできるようになっていくもの。

意識しなきゃできなかったことが、無意識にできるようになる。

この観点で、躾と習慣は一緒だと思うのです。

幼い頃は誰だって、

朝起きたら、「おはようございます」。寝るときは、「おやすみなさい」

家に帰ってきたら、靴を揃える。

間違ったことをしてしまったら「ごめんなさい」と言う。

などなど、今では当たり前な無数のことを、両親の指導によって獲得していったはずです。

ビジネスにおいても、この躾っていうのはたくさんにありますよね?

新卒で入社した電通という会社は、宴席でのマナーにとてもうるさかったです。

例えば、

お客様の飲み物が空いていたら、注文をする。あるいは、お注ぎする。

料理がきたら取り分ける。お皿を適宜取り替える。

灰皿を適宜取り替える。

などなど。

一緒にいる人が、快適に食事ができるように、会話が楽しめるように、場を整えることを徹底的に教え込まれました。

数年前に、他社の友人と彼の後輩と食事をする機会がありました。

彼もその会社も体育会系?気質で、わりとマナーはうるさい方でした。

しかし、その後輩が、お酒も注文しなければ、料理も取り分けない…といった様子だったので、友人がそれを注意したんですよね。

すると、

「なぜ、先輩との食事でそんなことしなきゃいけないんですか?」

「お客さんと食事をしている時は、ちゃんとやりますよ。そんな簡単なこと」

って反発をしたんですよね。それ以上は、彼も、何も言わずに会話を終了しました。

ちゃんちゃら可笑しいですよね。

普段からできないことが、その大事な場面になったら、「できます」って思っている姿勢が。

サッカーで言えば、

「PK?楽勝っしょ。練習なんてしなくても」

バスケットで言えば、

「フリースローなんて簡単っしょ。入るっしょ、練習しなくても」

って、言っていることと何も変わらないのではないか。

と思うんですよね。

普段からやっていないことが、いざってときにだけできるのか?

確かに、普段をやっていなくても、練習していなくても、その舞台が来たら、

「あっ、やらなきゃ」と言い聞かせることによって、できるのかもしれません。

でも、確率論の問題なのかなって。

普段からやっていなければ、失敗する確率は高いんですよね。

で、この躾に当たることって基本動作だから、ミスると、一発レッドカードになるんですよね。

これは単なる一例に過ぎないですし、食事のマナーが、躾に当たるのか?レッドカードの対象になるか?は全然定かではありません。

ただ、基本動作をおろそかにしていると、

応用動作(そんな言葉があるかわかりませんが)を身につけることなんて容易ではない。

いや、実際は基本動作ができていないのに、できていると思っている人が、

応用動作を学び、それをやり続け、身につけることがあるのかもしれません。

で、応用動作だけを見た第三者が、

「あっ、この人、これができるんだ!」

と思って、良い印象を持ってもらったとしましょう。

でもある時、基本動作にかけていることが見受けられた場合に

「あっ、この人、これできない人なんだ」

となる。

100年の恋も冷める瞬間になる。

ってことがあるのではないか。

 

「安心してお付き合いできる人だね」

と思われる続けるために、無数の基本的動作を身に着ける。

習慣レベルに落としこめてこその基本動作。

まずはそこから。だからこそ、躾が大切なのだと思うのです。
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【今日のうねり】
習慣と躾は同じだ。繰り返しやり続けることでしか身につかないものだから。
躾と言われるものは、たいていの場合、基本動作と呼ばれることが多い。
で、そこをおろそかにして、応用動作ばかりを身に着けることはあり得ない。
それが露呈したときに、結局、「できない人」の烙印を押されてしまうから。
安心してお付き合いできる人と思われ続けるために、躾続けるのだ。