その言葉に想像力はありますか?

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令和元年神無月9日  今日もクルクル通信411号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日、海山 たけのおとという映画を見て、とても感銘を受けた

ということを書きました。

この映画は、アメリカ人尺八奏者のジョン・ネプチューン・海山さんのドキュメンタリーです。

その生きざまに、心が震えたわけなのですが、それとは別に、とても忘れられないシーンがあります。

それは、彼の友人(おそらくアメリカ人)がインタビューを受けているシーンで、

日本語では、外国人という言葉を使う。これは、我々にはとても抵抗がある。

異国という言葉を使うが、外国っていう言葉は使わない。

外があるってことは、内側があることで、

外の人ってことは、内側には受け入れられないのか?

そんな印象を受ける

ざっくり、こんな話をしていた箇所です。

正直、この発想は全くなかったです。

言われてみたら、外があるってことは、内があるって考え得るってことは当たり前。

でも、その当たり前に今まで気づきませんでした。

外国という言葉が当たり前だったから。

そんなことを考えたことすらなかったんですよね。

ちょっと恥ずかしくなりました。

 

言葉ってめちゃくちゃ大切なんですよね。改めて。

たった一言で相手は傷つけることだって、誤解を生むことだってあるのだから、もっとセンシティブにならないといけない。

そして、往々にしてその場合って、自分では気づかない。だからなおさら怖いんですよね。

 

言葉を選ぶっていうのは、意識の問題です。

どんな言葉が適切なのか?

これを考えられるかどうか?っていうのは、知識、あるいは教養に依る部分が大きいように思います。

もちろん今回のように、決して経験できないこともありますが、

学ぶことによって想像力を高めることはできると思うのです。

その想像力は、ときに、配慮と呼ぶこともあるのかもしれません。

その慮る力は、人の徳性の一部分に当たるんですよね。

人に出会い、話を聞く。あるいは、本を読む。

数多くの物語に触れることによって、想像力豊かな人間になれる。

それに向けて、日々の行動が欠かせないのです。
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【今日のうねり】
言葉には敏感にならなければならない。
時に、自分が気付かないところで、相手を傷つけることも誤解を生んでしまうこともあるのだ。
それを回避するために、想像力を鍛えることが肝要だ。
そのためには、人に出会い、本を読む。数多くの物語に触れ、学び続けるしかないのだ