何もできない時は、敢えて動かないという選択もアリ。

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令和元年神無月15日  今日もクルクル通信417号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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週末の台風は、本当にすごかったですね。

何もすることがない。というか出来ない。
あまりにも、自然の前には無力だなと感じつつ、

風邪でもなく、一日中家に閉じこもっていたのはいつぶりか?

全く記憶はないのですが、外で活動したいという衝動がどんどん湧いてきて、

マグロかよ!

って、一人で突っ込んでいました笑

でも、こういった止まらずにおれない時って、人生においてもあるのではないか?

例えば、サッカー部時代に骨折をして、休むしかない時。

あるいは、流れが悪くて、何をやってもうまくいかない時など。

そんな時ってきっとありますよね。

良い時も悪い時もあるのが人生。

山あり、谷あり。

そんな時はじっと我慢する。

意図をもってその場に居続ける。

嵐の中でも時間は経つ

って、マクベスの中にも出てきますし。

風車 風が吹くまで 昼寝かな

と詠んだのは、広田弘毅元総理大臣です。外務省時代、オランダに左遷させられた時に、作ったらしいです。

動くのが得策ではない時は、

何もせずにぼぉーと過ごすのではなく、その時にしかできないことを黙々とやる。

そこにはそこでしか気づけないことがあるかもしれませんよね。

孫子も、進退左右の4つに加えて、5つ目の動きとして、止まることを上げています。

黙然として処るも、また動なり

と。

どんな状況においても、それがすべてプラスに思えるように解釈できる。

その解釈力ってのが生きる上でやっぱり大切なんだろう。

そんなことを思ったのです。
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【今日のうねり】
人生には、意思をもって、「何も行動しない」という時代があるものだ。
その時は、何もぼぉーとするのではなく、その時にしかできないことをちゃんとやる。
その時には意味がある
と解釈できる力があると生きやすいのだ。