猛毒を飲み込め。徳が磨かれる。

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令和元年霜月17日  今日もクルクル通信447号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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金曜日にインフルエンザの予防接種を打ちました。

この手の予防接種は、ワクチン投与の一種ですが、もともとは、一度天然痘に罹った人は、二度と罹らない。と言う事実から、

その病原体から、毒を弱めた形で取り出して、人体に投与する。すると、抗体ができて、予防が出来る。

というものです。

毒は、大量に摂取すると、本当に毒になってしまいますが、

少量を摂取すれば、ときに、プラスの影響を与えてくれることがあるということです。

俗にいう、ホルミシスってやつでしょうか。

ビタミンC。あるいは、ボツリヌス菌で筋弛緩させて、肩こりなどを治療する。

なども、これの一種なのかもしれません。

毒を以て毒を制す

良薬は口に苦し

なんて言葉もありますし、古来より人間は毒を上手に活用し、薬に変えてきた。

ネガティブをポジティブに変換してきたってことですね。

 

物理的に毒を大量摂取してしまうと、死んでしまいますが、

心の毒は、仮に大量に摂取したとしても、死ぬことはありません。

「めちゃ辛すぎる。」

「なんで、自分がこんなことになっているんだ。」

そんな経験は、その苦さや辛さに耐え、それを越えた瞬間に、とてつもない人間の成長をもたらしてくれる。

そんな可能性があると言えるのかもしれません。

ドラゴンボールの孫悟空がかりん塔で、飲んだ、超神水のイメージでしょうか。

大猿が見えてとてつもなく、パワーアップしたじゃないですか!笑

 

毒と徳は1字の違い。
「と」が「ど」とにごりが入ると、徳が毒になる

と、言っていたのは、常岡一郎さんです。
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徳と毒はよくにている。
徳は毒のにごりを取ったものだ。
毒が薬ということばもあるではないか。
毒になることでも、そのにごりを取れば、徳になるのである。

どんないやなことでも、
心のにごりを捨てて勇んで引き受ける心が徳の心だ。
いやなことでも、辛いとかいやとか思わないでやる、
喜んで勇みきって引き受ける、働きつとめぬく、それが徳のできてゆく土台だ。
ばからしいとか、いやだなあというにごった心をすっかり取って、
感謝と歓喜で引きうけるなら辛いことほど徳になる
===

めちゃいい話ですよね。心揺すぶられますよね。

徳は毒のにごりを取ったもの。

この言葉に倣うのであれば、

人間は心の持ちよう。解釈力さえあれば、

つらければつらい、艱難辛苦な経験ほど、良いってことですよね。長い目で見たら。

最も大切な徳が磨かれるわけですから。当然、渦中はめちゃ辛いんですけれども…

苦労は買ってでもしなさい

って言葉もありますし。

となると、

どんなに辛い経験の中からも、意味を見出す力。

どんな経験をもプラスに変換できる、解釈力。

ってのが、よりよく生きる上で、不可欠ってことになりそうです。

この解釈力ですが、ある種の技術ですから、トレーニングすることで磨くことができます。

これに関しては、全盲ヨットマンの岩本さんに学ぶ以外いないでしょう。

 

そんな解釈力があればあるほど、

どんな猛毒でも希釈することができるようになる。

これがあれば、進んで一瞬ひるんでしまいそうな毒(経験)にチャレンジできる(決してMな話ではないです、比喩的に)

そのチャレンジを超えた時に、毒の濁りが取れて、徳を積むようにできるようになる訳です。

 

徳が積まれていくと、人間は運が良くなるそうです。

松下幸之助さんは、

「経営者にとって一番大事なことは何ですか?」

と聞かれた時に、

「運が良いことです」

「運が良くなるにはどうしたらいいですか?」

という質問に対して、

「徳を積むことです」

と答えたそうです。

幸運を手繰り寄せるには、

周りの人がなかなか経験をしていないような、猛毒にチャレンジしていく、

アグレッシブな心的態度が大切なようです。

もし、「なんで、こんな経験を私だけしているんだよ。勘弁してくれよ」って経験を今、まさにしているとしたら、

それは、徳を磨くチャンス。良い運がめぐってくるチャンスなのです。

と思ったら、つらいけど、「美味しい」と思って、毒を飲み込むのです。
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【今日のうねり】
毒と徳は一文字しか違わない。
物理的な毒は、体調接種したら死んでしまうけど、心の毒だったら死なない。
猛毒は飲み込んだ時に、徳を高めてくれる。
であれば、解釈力という武器を磨いて、毒を薄めてしまえ。
そうすれば、徳が積まれ、幸運になれる。人生が豊かになるのだ