宮本武蔵は高僧だった?

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令和元年霜月18日  今日もクルクル通信448号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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宮本武蔵が書いた五輪書を読みました。

幼い頃に父親と一緒に見たNHKドラマ?での巌流島の戦い。島までの移動中に櫂を削り、刀を作り、二刀流で戦った、宮本武蔵。

高校生の時に何度読み返したかわからない、井上雄彦のバガボンド。獣のような新免竹蔵。

漫画、修羅の刻に出てきた、鬼みたいに強い宮本武蔵。

とにかく、彼に抱いてきたイメージは、天下無双。武神。

そんな感じでした。

どうやら、そういった彼のイメージの原点は、その昔、吉川英治が朝日新聞に連載していた、宮本武蔵が生み出しているもののようです。

実際、学生の時に何度も震えた、バカボンドも吉川英治の宮本武蔵をベースとしてますから、このイメージが強く残っていても仕方ないのかもしれません。

岡山県は、出石の沢庵和尚ゆかりのお寺にも行ったことがあります。

なんで、武蔵ゆかりの地じゃないんだよ!ってのはさておき笑

 

しかし、五輪書を読んで、もともと抱いていた彼のイメージは、ひっくり返されました。

全く別人。鬼神どころか、その真逆の高僧でした。

だって、この書物に書かれていることは、武芸書というよりは、修養書なんですから。

地水火風空の5巻で構成される、五輪書ですが、一番最初が「地の巻」になっています。

なぜか?というと、

剣術を道づくりの例えるなら、まずは、地面をならし、石を敷き詰めて土台を作るから。

だそうです。すべては基礎固めが大事と言うことです。

ちなみに、彼が五輪書の「九か条の戒め」で第一に説いていることは、

邪な心を起こさず、正しいことを考えること

でした。

邪な心?

孔子と一緒ですね。

あるいは、武芸の磨き方を記している、「水の巻」の締めくくりは、

千日の稽古を「鍛」とし、万日の稽古を練とよぶ。

ちなみに、「九か条の戒め」で第二条は、兵法の道は鍛錬にあることでした。

鍛錬とは、30年続けること。何事も極めることは容易ではありません。当たり前ですが。

あるいは、こんなことも書かれています、

戦時の心の持ち方が平常心と違わないことを戒めている。

動作は静かでも心は静止させず、動作が速いときでも心は少しも急かず、心が体の動きに影響されないように、体は心の動きに影響されないようにする。

心眼が濁ることのないように、視界を拡げ、既成概念にとらわれず、判断すべきである。知恵と心をひたすらに錬磨する。

知恵を研ぎ、物事の善悪を知り、さまざまな芸能や武芸に触れ、世間の人間に騙されることなどないようにして初めて、兵法の知恵を習得できるのである。

60戦無敗の史上最強剣豪が言っていることも、実にシンプルなのです。

誠実に、平常心を保ち、日々の積み重ねをする。

自分の世界に閉じこもらず、異文化・異世界に触れ見識を広げることが大切

と、説いているのです。

もちろん、火の巻では、相手の裏をかくことや、奇襲の重要性は語られていますが、

何よりも、基礎を重要視しているのです。OSが大事だと言っているのです。

五輪書で言えば、

二天一流の兵法には、奥義もなければ入り口もなく、これが極意という構えもない。

わが流派が重視するのは、実直で正しい武芸の精神を研鑽し、会得することで徳を積もうと精進し続ける心がけ

なのです。

これは、どんな道にも通底する原理原則のようですね。

ビジネスマンとしての基礎であることは言うまでもないでしょう。

実際、彼は、士農工商、全てに道があるとも書いていますから。

 

それにしても、人の思い込み・先入観、あるいは築き上げられてきた、イメージというのは恐ろしいものです。

ほんと、今日まで持っていた、宮本武蔵のイメージと180度逆なのですから。原典に触れて本当に良かったです。

今回は本でしたけれども、ありとあらゆる事象も自分の体験する。それを通して、自分なりの判断をすることが大切なんですよね。

 

生きていく上で付きまとうありとあらゆる事の先入観、思い込みをいかに取っ払うことができるか?

宮本武蔵流に言えば、観る見るを使い分けることによって、目のつけ方、目配りを磨く。

遠くのものは近くに手繰り寄せ、近くのものは、遠くから大局的に見る。

そんな目配りで、雑言や流言飛語に惑わされることなく、自分の心で判断できるようになっていく。

 

いずれにしても、どんな道でも極めた人の言葉はすごいですね。最後は心に帰結する。

千里の道も一歩から。鍛錬をしていくのです。
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【今日のうねり】
一流が語ることは全て一緒だ。
宮本武蔵が語る剣の道も、孔子が語る人の道も。一番の基礎は邪な気持ちがないこと。誠実さなのだ。
他人から与えられるイメージの力は途轍もなく大きい。
それに左右されることなく、自分の審美眼を養うには、まずは自分で行動すること。リアルに体験することが大切だ。
そして、見ると観るを使い分けられるようになれば言うことがないのだ。