初!ルミネtheよしもと-なんで大笑いをしたのか?を考えてみた。

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令和元年霜月21日  今日もクルクル通信451号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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人は、ギャップにやられやすい

しばしばそんなことが言われます。

例えば、

手に入らないと思ていたものが手に入った!

一見、厳しそうな人がとても優しかった!

全然褒めない人が褒めてくれた!

その落差が大きければ多いほど、嬉しさや喜びが倍増するものです。

一昨日書いた、期待値マネジメントの話もこの類の一つかもしれません。

誰が言ったかわからないですし、信憑性も定かではないですが、

恋愛はギャップが大切。

なんてことも聞いたことがあります。

実際、「恋愛 ギャップ」でググったら、

・男性に効くギャップとは?

・ギャップ恋愛で落とす!男子がキュンとする女子のギャップ

・ギャップ萌えしたことある?

など、無数に記事が出てきました。

 

お笑いもギャップが大切。

一昨日の中川家の寄席を見て、そう思いました。

本当に2時間、笑い倒させてもらったんですが、

なんでこんなに笑ったんだろうか?

何がこんなに面白かったのだろうか?

そんなことを自分なりに振り返ってみました。
※漫才素人の単なる主観であることをお許しください。

何のギャップを作っていたのか?

というと、

リアリティーとフィクションのギャップ。

これだと思います。

例えば、新幹線のオッサンの話

2人掛けの椅子に、仕事終わりの酔っ払った、デブサラリーマンが、横に座ってくる。スーツもしわくちゃ。ネクタイもだらしない。

荷物も多くて、袋には缶ビール・ワンカップ大関とお弁当、アイスクリームなどが入ってる。

「新幹線だから、掛け直す」って言いながら大声で電話をかける。

お酒もバンバン飲む。弁当が食べ終わったらいびきをかいて寝る。

寝相が超悪い。寝言を言う。

などなど。

見ている観客誰もが、「あー、こんな人といそう」「横に座ったらまじ嫌だ。最悪」ってシチュエーションを事細かに描写する。(リアリティ)

しかし、実際には「絶対にこんな人いない」ってほど盛りに盛って、それぞれの行動を演じる。

その動作を、ことさらに強調する。そこがフィクション。

超具体的に生々しく、「この人いそう」って思わせておきながらも、

「いやー、さすがにそこまでやんないっしょ!?」(めちゃありそうだけど)

って思って笑ってしまう。突っ込みを入れたくなってしまう。

この設計がめちゃくちゃ凄いのです。もちろん、細部にわたる演技も素晴らしいのですが…

他にも、東京と大阪の比較ネタで、

・自転車に乗ってるおばちゃん

・おばちゃん同士の会話(スーパーの野菜売り場前)

・高級中華料理屋の店員。

・ラーメン屋の店長。

どれもこれも、いちいちリアリティが溢れているんです。それを作り込んだうえで、

「流石にそれはないっしょ!?」

と突っ込みたくなるような、フィクションをふんだんに入れ込んでくる。

あるいは、

このリアリティーの中で、その話は絶対関係ないっしょ!?

みたいな、遠い世界のネタをぶち込んでくる。

こんな感じで、リアリティーとフィクションのギャップが生み出される。そこで笑ってしまったんです。ほんと面白かったんです。

これがすべてのお笑いに通ずるなんて、これっぽちも思いませんが、

少なくとも、私はこれでツボりました。

いかにリアリティを持ってもらうのか?

が大切なんです。

 

リアリティが大切なのは何も、お笑いだけではありませんよね。

文章もそうです。

「小学生っぽい文章、幼稚な文章というのは、形容詞が多い。なるべく、形容詞を使わない。ファクトでリアリティを語ることが文章において大切」

と、ブックライターの上阪さんは仰っていました。

例えば、今日は寒かった。

ではなく、

温度計は氷点下2℃を指していた。

や、

ダイヤモンドヘッドから見た朝日はとてもきれいだった。

ではなく、

朝4時半に起きて、眠い目をこすりながら、まだ真っ暗の中、お父さんの運転でダイヤモンドヘッドまで行きました。

一生懸命登って、朝日が昇ってくるのを見ました。

最初は真っ黒だった海が、朝日の光で反射してキラキラキラキラ輝き、それに合わせるかのように、真っ青の空が広がりました。

など。

ディテールのファクトを積めば積むほど、リアリティが増してくるんですよね。

文章においても話をする時でも、いかにリアリティを持ってもらうのか?

ここの描写力っていうのが大切なのだと思うのです。

リアリティがあるからこそ、「ふむふむ。こういうことはありそうだな」って納得しながら読んでいるところに、

「えっ、ここでこの展開?」「これは、想定してなかった」

みたいなものが飛び込んでくるから、そこにギャップが生まれて、その世界にのめり込んでいく。これは面白い!

ってなるのではないでしょうか。

 

そうであるならば、まずは、リアリティを見つめる、観察眼が何より大切なんでしょうね。

恐らくなのですが、中川家は四六時中、探し続けている。

街を歩いている時でも、食事をしているときでも、電車に乗っているときでも、アンテナがバリサンで世の中を観察しまくっているんだと思うのです。

そして、「あっ、これ使えそう!」と思ったら、メモを取るなり、何かしらの方法で保存しているのではないか?と想像します。

じゃなきゃ、あんなリアリティを作れないので…少なくとも素人目線ではありますが。

全然レベルの差はあるとはいえ、私もブログにネタになりそうなことは四六時中探していますw

 

超一流の書き手として、話し手として、今起こっている事象に対して、

どれくらい遠い世界の話を紐づけることが出来るのか?

具体的な事象を、どれくらい抽象度を上げることができるのか?

抽象的な事象を、どのくらい具体に落とすことが出来るのか?

ってのは、大切な力なのだ。

そんなことを大笑いしながら考えたのです。

言うは易く行うは難しですが、意識しなきゃ120%できないのです。

体はスッキリするし、学びもたくさんある。

これからちょいちょい、お笑いに行こうと思います。
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【今日のうねり】
具体と抽象の往還。
リアリティとフィクションのギャップ
が、超一流の話し手、書き手にとって、大切だ。
リアリティはファクトの積み上げ。
だとすれば、日々の観察眼が、大切。いつもアンテナバリサンで日常を見渡すネタ探しが欠かせないのだ。