基準のインストール方法を考える

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令和元年霜月30日  今日もクルクル通信461号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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「こんなことが起こってしまいました。申し訳ありません」

「間違ったことはしていないんだな。わかった。謝りに行くぞ」

と一言だけ言って、何も言わずにクライアントに頭を下げてくれた先輩。

「すいません、こんなことをしでかしてしまいました」

「まあ、新しいチャレンジをしたんだから仕方ない。ナイスチャレンジ。謝りに行くか」

と、言ってくれた先輩。

そもそも、仕掛かる前から、

「思いっきりやりなさい。仮に失敗したとしても、お前の失敗なんか失敗じゃない。俺が一言言えば、どうにでもなるから」

と言ってくれた先輩。

「うまく俺を使え。お願いするのと謝るのが俺の仕事だから」

と言ってくれた先輩。

先輩像をかくあるべき。

先輩の仕事は後輩を守ること。その分、普段はめちゃ厳しかったですが…

でも、トラブルが起こった時、ここぞって時は、体を張ってくれる。

そんな時に、何一つ怒られた記憶はありません。

後輩のチョンボは先輩のチョンボ。先輩のパフォーマンス不足。

こんな、素晴らしい先輩の背中を見て育ちしました。

もちろん、今では「コンプラ違反」なこともたくさんあったかもしれませんが…笑

これが私の先輩像の基準となっています。

仕事も、ほとんど強制でした。見て覚える。体で覚える。

こういう時はこういう行動をする。最初はなんだかわからない。

マニュアルみたいに言語化されていない。いや、言語化できてないことを、目で見て、触れて、実際に自分でやってみて、少しずつ意味がわかってくる。

山本五十六!?

それを繰り返していくうちに、

何かトラブルに直面したとき、判断に迷った時は、

「きっと〇〇さんだったらこうするだろう」

と、心の声が聞こえるようになる。即ち、思考がインストールされてくる

そうやって、覚えていった、気がします。

ちょうど、今週2回読んだ、USBを作ったことで、有名な濱口さんのイノベーションの作法に、「人の教育の方法は、大きく二つがある」

そんな話が書いてありました。

教育っていうのは基本的には、先生が持っている、ナレッジを、生徒にインストールすることで、その方法の一つ目は、

言語化されているものから学んでいくこと。

やるべきことを知って、マニュアルを読んで、覚える。その後、マニュアルに書かれていないスキルの部分を学び、最後にカルチャーを学んでいく。

即ち、言語化されているものから学び、言語化出来ないものを学んでいくプロセス

ちなみにこの文脈におけるスキルっていうのは、

例えば、包丁職人の場合、〇〇な時は、いつもよりIphoneのホームボタンを押すくらいの弱い薄く力で研ぐ。

みたいな、まさに、マニュアル化出来ない、身体知・暗黙知のことです。

もう一つはこれと逆のプロセス。

カルチャーを学んでから、スキルを学び、言語化されたマニュアルを読んで、最後にやるべきことができるようになっていく、

すなわち、言語化出来ないものから学び、その後、言語化されたものを学ぶ。いわゆる、カバン持ち方式です。

私は、どちらかと言えば、後者の方です。

濱口さんによれば、前者のほうが学びは早いが、最終的な到達点は、後者の方が高い。

前者は、早く一定のレベルに達することが出来るが、師匠を超えることはない

一方、後者は時間がかかるけれども、師匠を超える可能性が高いそうです。

私が、諸先輩方を超えることが出来ているのか?はさておきですが…笑

 

仮に後者の方を望むのであれば、「誰に師事するか?」っていうことが一番重要になります。言い換えれば、

どこに基準を置くのか?

当たり前のレベルをどこまで上げられるのか?

ということです。

この基準の重要性に関しては、

知的生活の方法の中でも、触れられていました。

高い基準が持てれば、ぶれなくなる

と。

どんな人と巡り会い、誰についていくのか?

誰を師にするのか?

それが基準を作り、自分の行動を作っていくんですよね。

 

実際の業務ではないですが、広い意味での、仕事の基準となっているのは、学生時代にめぐり逢い、今も愛してやまない、焼肉スタミナ苑です。

最初は、「美味すぎる」

ただ、それだけだったんです。

でも、何回食べても感動がある。

野茂英雄のフォークボールか?

みたいな感じです。まさに必殺技。

その毎回の感動に魅せられて通い詰めて、気づいたら20年経っておりました。

もう10年以上前になると思いますが、東京で唯一のあんこう専門店のいせ源の立川君を初めて連れて行った時にこんなことがありました。

ちなみに、彼は、小学校以来の友達です。これからあんこう鍋の良い季節ですね。

並んで待ってる時に、彼が、

「ここって何で、都心にお店出したりしないの?これだけ行列できるんだから、他店舗展開すればいいじゃん」

って言ったんです。それが、食べ終わってお店から出た時に、

「ごめん、これは一店舗しかできないや。ってか、むしろ、ここの人たちはいつ寝てんだろうか?仕込みが凄すぎる」

という訂正。

当時は知らなかったですけど、営業終了後、毎日朝6時まで仕込みをしているそうです。

来る冬も来る日も、「お客様を感動させたい」という一心から、命を削って仕事をしているんですよね。

だから私は、定期的にスタミナ苑に行っています。

めちゃくちゃおいしいからってのはもちろんあるんですけれども、

同じぐらい大きな理由の一つが、

仕事の姿勢を学びに日本一研究をしに行くってことなんです。

 

「頂いた代価の10倍返し」

半沢直樹の「倍返しだ!」どころか、その5倍の10倍返し。

今の師匠の鮒谷さんの口癖です。

そんな話を、耳にタコができるくらいに聞いている訳ですから、私もそう行動しようと常に心がけております。

まだ、実際に10倍にしてお返しできているか?分からないですけれども、そう願い続ければ必ず実現できると信じて、

目の前のお客様には、全力で向き合っています。

結局のところ、人生は誰と出会って、誰を基準として生きていくのか?

それで決まっていくのです。
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【今日のうねり】
人生は基準で決まる。
誰と回り逢い、誰に師事するのか?で決まるのだ。
その基準のインストール方法には大きく二つある。
一つは、言語化⇒非言語。もう一つは非言語⇒言語のプロセスだ。
濱口さん曰く、前者の方が成果は早く出るが、師匠を超えることが出来るのは後者の方だ。
だからこそ、「これだ!」という人に出会えたら、丸ごとインストールが一番良いのだ。