違うルールに出会ったら「ありがとうございます」

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令和元年師走2日  今日もクルクル通信463号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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先日、気心知れた、経営者の友人と話をしていた時のことです。

「あのさ、最近こんなことがあってさ。にわかに信じられなかったんだけど…希少種のポケモンだよね?」

「いや、それで言うと、僕もこんな話がありまして」

「えー、まじですか?」

「それって、それが普通って可能性もありますよね? もしかしたら、我々がむしろレアポケモン?」

「あるかもしれないです。マジで」

具体的には、それがどんなことか?は書きませんが、少なくとも我々のルールからすると、ありえない出来事。レア中のレアだったんです。

一言で言えば、他責思考

その友人の言葉で言えば、矢印が自分に向かないで、他人に向いている

そんな感じです。

で、そんな話をしていたら、大学受験で通っていたウイニング受験英語の加藤先生が常々言っていた、

「君たちはいい時代に生まれたんだよ、当たり前のことをやるだけで合格できるんだから。目立てるんだから」

って話を思い出しました。

加藤先生は、今では完全アウトの超武道派な笑 途轍もない愛情に溢れた方です。

中でも、ケアレスミスにとてもうるさい人でした。

例えば、

ピリオドを打ち忘れる。

時制を間違える。

文頭の穴埋めを小文字で書いてしまう。

逆に、文中の穴埋めなのに、大文字で書いてしまう。

そんな類のミスは、ドクロマークと言われ、こっぴどく怒られたものです。

でも、こういうミスをなくすだけで合格できる。当たり前のことを当たり前にやるだけで、勝てるんだ。

そんな教えは今でも身に染みて覚えています。

当たり前のことを当たり前にやる。

 

元日本コカコーラ、現資生堂のトップの魚谷さんは、

「朝気持ちよく挨拶できない人は、上に立たせられない」

そんなことを仰っていたそうです。

気持ちよく挨拶する。

これって、人として一番最初に教わることの1つですよね。

あとは、お礼が言えて、謝ることができる。

森信三先生曰く、これらに加えて、家に上がった時に靴を揃えることができれば、

基本的な躾としては十分だそうです。

加藤先生に教わったのは20年以上前の話ですが、

時が経つにつれて、より一層、当たり前を当たり前に出来る事がチャンスに繋がっている可能性が高いのでは?

そんなことを思うのです。

 

でも、自分が当たり前だと思っているルールと違うことに直面すると、

なんでこんなことが起こるんだろう?

もしかしたら、自分がおかしいのではないか?

ちょいちょい嫌な気持ちになるものです。

そんな時はどうすればいいのか?

自分の行動が、少なくとも自分の基準から考えると、間違っていないということが出来るのであれば、

「ありがとうございます」

と唱えると良いのではないか。

「こんな貴重な経験をさせてくれてありがとうございます。万が一、こういったことを当たり前にしている人が複数いるとしたら、

お陰様で、自分にもチャンスがありそうです。

ありがとうございます」

と。

もちろん、自分の当たり前の基準が間違っていることだってあるかもしれません。

「常に自分が正しいと思ってよい」なんて話ではもちろんないです。そんな精神だったら、全然成長もないですから。

でも、そんなことっていうのは、自分では気づけないもの。第三者の目線が不可欠です。だからこそ、

「これは本当に凄い」って思える、自分の基準をどんどん引き上げてくれる、素晴らしい先輩方と接点を増やすように行動していく。

そういった出会いを求めて行動し続ける。

素晴らしい方には素晴らしい方が集まっているんですから。

積善の家には必ず余慶有り。積不善の家には必ず余殃有り

易経にあります。

善行を積み重ねた家にはその功徳により幸せが訪れる。

日々正しい行動をし、自分を磨いていけば、良い人、良いご縁も集まってくるのです。

それに合わせて、チャンスが広がっていくのです。
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【今日のうねり】
自分のルール(当たり前)と異なる事象に合うと、嫌な気持になるものだ。
でも、自分の信念に間違いがないと言い切れるのであれば、そういったときは、「ありがとうございます」と唱える。
当たり前をやるだけで、自分にもチャンスがある可能性が高いのだから。
他責ではなく、自責。矢印は自分に向けよう。
正しい行動を積み上げていけば、必ず良いご縁が集まってくる。それによってさらにチャンスは広がるのだから。