奥義なんてない。あるのは当たり前だけ。

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令和元年師走3日  今日もクルクル通信464号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日はセミナーの参加のために、思い出の地、豊洲に行ってきました。

セミナーの詳細は後日書きます。

豊洲は、電通時代に大変お世話になったクライアントがある街。青春時代を過ごした場所です。

ご連絡を差し上げたところ、前日だったにもかかわらず、快く時間を作って下さいました。

オフィスで小1時間雑談⇒中華料理の永利という流れで、豊洲を満喫。昔話に花が咲き、とても楽しい時間となりました。

今も続くこのような関係に心から感謝です。Tさん!ありがとうございました!

 

「中田さんのブログに、当たり前の話、あったじゃないですか?」

って、話が…

「ほら、でた!ここにもいてくれるんですよ、読んでくださる方が。しかも割とちゃんと!笑 ありがたやー」

と、かなりびっくりしつつ、「たまにはいいね!をしてくださいよー」って言うタイミングを逸してしまいまして…笑

とは言いつつも、「いいね!」をして下さっている人の、10倍ぐらいのトラフィックがあることは知っていますし、

そもそもFacebookでシェアされている記事のリンクに飛んだ後に、もう一回戻って、その投稿をいいね!するって、動作的にそもそもなさそうなこともわかってるいるので、最近は「いいね!」をあまり気にしていないというのが実態です。

でも、押していただけると嬉しいので、引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

それはさて置き、昨日のブログでも書いた、当たり前の話の続きです。

「大学受験の時の先生に当たり前をやるだけで、勝ち抜ける時代になっている」と言われた。そんな話を書きましたが、

当たり前って、普通のことや基本的なことですが、クリエイティブな世界でも、これが「めちゃ大事だ」と仰っている人がいます。

ドラゴン桜インベスターZアルキメデス大戦など、ヒット作品を多く生み出している三田紀房さんです。

三田さんは、著書の個性は捨てろ!型にはまれ!の中で、

世の中には、先輩方が生み出したフォーマットがある。徹底的に、それを学んで、パクれ。

君は100年に1人の逸材。ビートルズになれる才能があるならばよいが、そんなことは普通はないだろう。

だったら、下手な個性を出す前に、まずは型にはまろう。

そんなことを書いていました。

中でも例え話がめちゃ秀逸でした。それはこんな話です。

新しくカレーのお店ができたとしよう。

そのお店が、マスターのこだわりで、マトンカレーのみで勝負している。それを食べた時に、そんなに美味くなかった。そこそこだった。

あなたはどう思うだろうか?

きっとこう思うはずだ。

「マトンカレーの前に、普通のビーフカレー(チキンかポーク)を食べさせてくれ」

と。どんなべたな王道メニューだろうと、美味いものは美味いんだから、自分勝手なこだわりなんか前面に出さないでくれ。

つまり、応用の前にまず基礎的なことをやる必要があるだろう。

って話なんですよね。

これ、メッチャ納得しませんか?

まずは、当たり前や普通のこと。基礎を徹底的にやる。それができるようになってから、オリジナリティーを出していく。

クリエイティブな世界でもそういうルールがあるようなんです。

実際、先日も書きましたが、ワンピースを抜いた鬼滅の刃も、いつか来た道を感じさせる、王道のストーリーになっています。

でも、それがたまらなく面白い。ついつい読んでしまうんですよね。偉大なるマンネリなんです。

まず、フォーマットを学ぶ。それをお客さんに「面白い!」「美味しい!」と言わせてから、オリジナリティを付加していく。

これは、我々の仕事においてでも、同じことです。

先輩から教わった基礎的なことさえやっていれば、合格点は必ず出せる。先輩方が積み上げてきた、成果の出るルールなのですから。

当たり前の話です。

それがベースとしてあるからこそ、基礎がちゃんとしているからこそ、新しい挑戦ができるってものですし、そこで成果を上げる可能性が高まるのです。

どうやら、これは漫画の世界であろうと、いわゆる我々のようなサービス業であっても、同じ。おそらく、どんな世界でも共通のルールなのではないでしょうか。

徹底した当たり前の修練が後の成果を決めていくのです。

であるならば、当たり前の基準がめちゃくちゃ高い人と、どれだけご一緒することが出来るのか?

これが勝負を決する。

恐るべきことに、当たり前って自分に埋め込まれているもの。自分ではそれがベストだと信じきってしまっているものですから、

第3者を通してでしか、気づきようがないのです。

だからこそ、自分より遥かに高い基準の人に出会うと、コテンパンに打ちのめされたような気分にもなるんだと思うのです。

だって、当たり前が違うんだから、生きている次元が違う。勝負をしたところで勝負にならない訳ですから。

これは、ドラクエみたいなある種のRPGみたいなものかもしれませんね。

小ボスを倒したら、さらに強い中ボスが登場。その先に大ボスがいる。

どんどん強い敵に出会い、成長していくみたいな感じでしょうか。

でも、RPGと違って、人生は、死ぬまで終わりのないゲームですから、高い基準を目指して歩き続けていると、どんどん高いパラダイム(ボス)に出会えるはずなのです。

自分のレベルが低すぎると、 自分よりも超絶にレベルが高い人に出会った時に、その差に気づくことができないことは、悲しい現実かもしれませんね。

その差すら感じることができないんですから。

定例セミナーで、

「奥義がある」という思いを捨てた方が良い。詐欺師の餌食になるだけ。

そんな話がありました。(比喩的な意味で)

この世に秘訣や奥義と呼ばれるものなんて存在しない。成果を上げるには、原理原則しかない。

それは古来より変わっていない、不変の真理。

でも、それを愚直に続ける人がいないからこそ、長期的に差がついていくのではないか。

とするならば、

「自分のレベルが上がっていく」というよりは、「周りが上がっていかない。脱落していく」と捉えたほうが正しい解釈なのかもしれない

そんな話です。

いずれにしても、今、目の前のことを全力でやりつづけ、当たり前のレベルを徐々に積み上げる。

そして、次のパラダイムにぶち当たり、さらにその基準で積み上げていく。それを繰り返していく。

これが、成果を上げる人生の鉄則なのです。
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【今日のうねり】
当たり前の基準が人生を決する。その基準の高低は自分では気づくことが出来ないから、第三者に気づかせてもらうしかない。
だからこそ、それが高い人と出会い、一緒の時間を過ごすことが大切なのだ。
当たり前がちゃんとできるからこそ応用が出来る。これは、時代や業種などを問わず不変の真理だ。
常に高い基準を掲げ、邁進し続ければ、次の基準に出会うことが出来る。人生は、それを繰り返す終わりのないRPG。
目の前のことを全力で取り組み、レベルアップし続け、成果を上げていくのだ。