メンターに大切な3つのこと

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令和元年師走6日  今日もクルクル通信467号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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チンニング。

いわゆる懸垂ですが、現在の加圧トレーニングメニューに組み込まれています。

おなじみの鉄棒でやる、懸垂との違いで言えば、鉄棒は体に対し平行ですが、今のチンニングのバーは体に対して垂直です。

幅は肩幅程度で、変わりません。より強度が上がってくると、鉄棒のように平行に。そして幅もよりワイドになるようです。

このチンニングですが、やり始めて半年ほど経っています。

最初の3か月は、基本は足を台につけたままでした。徐々に、

最後の1回だけは足を台から外して3秒かけて降りる。

台を外す回数が3回になる。

台がなくなって、トレーナーが足を抱えるようになる。

という進化を遂げて、半年経った今では、

一番最初の5,6回は、補助一切なし。(2セット目は2回程度)

になりました。

この補助なしっていうのが半端じゃなくきついんです。

ちなみにこのチンニングですが、

足をクロスにして、乳首が天井に向くぐらい。イメージ的には、「エビぞる」ぐらいな感じで、ちょうど真上に上がります。

単に顎を上げるだけではなく、このフォームのまま体全体を上に上げていく。

いちいち正しいフォームを身に付けるのに時間もかかりますし、フォームが正しくなればなるほど、負荷がきつくなってくる

いかに正しいフォームでやることが大事なのか?ということを毎回考えさせられます。

正しいフォームが重要なのは、筋トレ以外でも共通ですね。

 

ちょうど、今週のトレーニング中に、トレーナーが、

「いや、中田さん、だいぶ良くなってきましたね!来年の今頃は、サポートなしで10回ぐらいできる映像が見えますよ」

と、仰ってくれました。

メンターやトレーナーにとって、生徒の弟子の将来像(ゴール)がイメージできるかどうか?

って大切なことだと思うんですよね。

正しい指導をしていなければ、将来像は浮かんでこないんだとは思います。

この補助を受けつつもも、正しいフォームを覚えて、数がこなせるようになっていく過程。

補助がありながらも、ゴールを擬似体験している過程

これって、自転車の補助輪みたいなものですよね。

理想形を補助を受けながらでも、疑似体験していく。

その疑似体験があるからこそ、リアル体験に繋がっていく。

今は、ストライダーの方が、疑似体験として良いようですが…

逆に言うと、疑似体験というラダーがないと、リアル体験はなかなか成就しないのではないか?

そんなことを思ったのです。

 

この疑似体験こそが、成果をあげるための最も有益な方法の一つ

と、楠木先生はおっしゃっています。

より正確に言うと、成果を上げるセンスを磨くのに、カバン持ちこそが最も有益

と仰っています。

センスとは、文脈に埋め込まれたその人に固有の因果論理の総体と定義されていますね。

成果を上げている人のカバン持ちをすることによって、その人の日常を疑似体験する。

そこで得られる、有形・無形。言語・非言語の因果論理の総体をまるごと吸収する。これがリアル体験に繋がる

ということなのです。

濱口さんの話で言えば、この方法こそが、時間はかかるかもしれないが。師匠を超えうる方法のようです。

 

私の新入社員時代は強制だった。と、以前書きましたが、

成果を上げている先輩の下に就くことが出来るのであれば、一緒にいる時間が長くなればなるほど、知らず知らずのうちに、

「あの人だったらどういう風に考えるんだろうか?」

自分目線ではなく、先輩目線で。先輩というメンターの思考で、目の前の事象を捉えられるようになってくる。

あたかも、脳の片隅にそのメンターが住んでいる。あるいは、その人が衛星みたいに、自分の周りを飛んでいる。

そんな状態になれば、しめたもの。

自ずから成果が上がってくる。成果体質の第1フェーズに突入。

そんなことを思うわけです。

 

メンターの語源は、ギリシャの詩人ホメロスの「オデュッセイア」に登場する、賢人メントール

彼が、当時のオデュッセウス王の助言やその息子であるテレマスコの師を務めていたそうです。

メンター制度は、紀元前から存在する、ある種の成果を上げるフォーマット。常に良きメンターと出会うことは、よりよい人生に歩むために必須なことなのかもしれません。

では、どんな人がメンターとして理想なのでしょうか?

相性を含めて、いくつもの要素があるとは思うのですが、

愛がある

圧巻の成果を上げている

圧巻の言語化能力を身に着けている

この3つは外せないと思うのです。

あくまで、こちらがメンターを選ぶことが出来るという前提の話ですが…

愛は言うまでもなく、成果を上げていなければ、そもそも説得力がない。

3つ目に関しては、その都度、行った行為に対して、「なぜ、それをしたのか?」を言葉で記述してくれた方が、自分で真似ることが容易になる。その行動の再現性が高まると思うからです。

例えば、元ジャイアンツ長嶋茂雄さんみたいに、

うなずきながら、「うん、今のはいいね!」とか「もっとビシッと」

みたいな感じの指導だと、再現性や、吸収力という観点では、どうしても、言語化されているものに比べたら、落ちてしまいますから。

もちろん、長嶋さんと過ごす時間はスペシャルだとは思いますが…

 

管子の「終身の計は人を樹うるに如くは莫し」という言葉にもあるように、長期的には人は良きメンターになってこそです。

もちろん、今まで頂戴してきた、大先輩方からのご恩を後輩に返していくためにも、圧巻の言語化能力を身に着けないわけにはいかないのです。
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【今日のうねり】
成果を上げるためには、成果を上げている人の疑似体験が有効だ。
ビジネスで言えば、かばん持ちだ。
疑似体験をすることによって、有形無形。言語非言語の因果論理の総体を身に着けることが出来るからだ。
つまり、疑似体験をさせてくれるメンターが必須と言うことになる。
そのメンターを選ぶうえで大切なことは、
圧巻の成果を上げていること。圧巻の言語化能力を身に着けていること。
人は後輩を育ててこそ一人前。
圧巻の言語化能力を身につけるべく、精進するのだ。