書初めってなんであんなに疲れるんだろう?を考えてみた

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令和2年睦月3日  今日もクルクル通信494号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日1月2日は、毎年恒例の家族の書き初め大会でした。

今年の抱負を半紙に書くというものですが、今年は、「動」をチョイス。

書き終えた後に確認したところ、昨年は「礎」を書いていたようです。

恐るべきことにすっかり忘れていました、ブログにも書いていたのに…笑

確かに去年は、「礎」の端緒となった1年だったことは間違いなかったので、目標達成かなとも思いました。

一方で、この字をチョイスしている、1年前の自分自身に、

「おいおい、この1年の時間軸で考えるんだったら、「礎」って大きすぎじゃないか?いろいろ」

そんなことを言いたいとも思いました。

1年じゃ無理だって。礎は。

なんなら、今年の抱負にも。いや、来年、再来年の抱負にもなりえます。

日本電産の永守重信さんは、「築城3年落城3時間」と仰っているのですから、礎は少なくとも3年かかるわけです。

去年の自分もこの言葉を知っていたかもしれないですが、ちゃんと意味を分かっていなかったのでしょう。

去年、新たに自己資本でSURGINGを始めたので、意識も含めてだいぶ変わったのだと思います。とはいえ、まだ、この言葉の真の意味を理解できていないのかもしれませんが。

なぜ、今年の一文字が「動」なのか?

それは、「礎」を作るために動くことが必須だからなんですよね。

昨日書き初めを終えるまで、去年の「礎」を書いたことを覚えていなかったのですが、大方針は変わっておりません。

ただ、この文字の変更は、去年よりは、

もうちょっと長期的な視座で自分のことを考えつつ、1年という時間軸では、より行動軸で目標を立てた方が良い

そんなことが理解できるようになってきたことの現れなのかもしれません。

ちょっと成長アピールみたいなことを書いますが、来年も今年と同じように、去年の自分に物言いしているかもですが笑

 

さて、書初めです。やって思ったことは、

集中力・認知力がとてつもなく要求される行為

だということです。

普段は何気なくパパっと書いてしまう「動」一文字が、真っ白な半紙を前に、「堂々と書け」と言われた途端に、書けなくなる。

そもそも「動」ってどんな感じだっけ?

って、字そのものすらも頭から吹っ飛んで、文字通り、頭も真っ白になって、1回スマホで確認。

改めて半紙に向かって、左側の作りの「日」まで書いたところで、下は2本だっけ?1本だっけ?

それすらもまた分からなくなって、もう一度スマホで確認。最後に右側に力を変えて完了。

「これ、練習だよね?」と、確認され、

「そうだよ。練習」と答えたものの、内心、「いや、本番なんだけど。もう一回書くなんて無理。ヘトヘト」と思っていました。

すると、

「これ、いいんじゃない?」

なんて、言われて、

「えっ、そうなんですか。じゃあ、これでお願いします!!」

と一言。もはや自分の書いた字が良いのか?悪いのか?すら判断できなくなっていました笑

 

普段は何気なくやっている行為を、超ゆっくりやる。丁寧にやることって、高度な認知力と集中力が要求されるようです。

1回筆を入れるたびに、「この角度で正しいのだろうか?よい?やっぱりダメ?」なんて自問自答が生まれ、とてつもなく疲労していく。

同じ行為や動作において、

ゆっくりが楽で速い方が難しい。

一見そんな風に思いますが、それは正しいフォームを正しく出来る人のみに当てはまることなのではないか?

正しいフォームを身に着けていない人は、ゆっくりやることの方が難しい。(そして、速くやっていることも正しい形ではない)

そんな経験でした。

実はこれに近しい経験を、その昔ゴルフでやったことがあります。

先生のGOさんから、スイングの軌道を修正された時に、

「このスイングでゆっくり練習しなさい。速くやる必要は一切ない。そしてもう一つ、トップで止めて、そこから玉を打つ練習をしてください」

こんな指導を受けました。

これをやった時の絶望感は半端じゃなかったです。

「トップで止めて打つ」って一見、簡単そうじゃないですか?

「良い球を打ちなさい」って言われているわけではないんです。でも、本当にできないんです。

ゆっくりスイングの狙いは、正しい軌道を体に覚えさせるっていうことだったんですけども、もう疲労感が半端じゃない。集中力も筋力も。全然出来ない。続かないんですよね。

確か太極拳だったと思いますが、同じように物凄くゆっくり身体の動かすトレーニングがあるそうですね。

集中力はめちゃくちゃ要求されるし、めちゃ大変。

そんな話も聞いたことがあります。

このゆっくりトレーニング導入直後は、逆にいつものスピードでスイングができなくなって、スコア大崩れ。今までのプラス10~20ぐらいのレンジでスコアが落ちました。

しかし、数ヶ月後には、当時よりもスコアが改善されるようになったので、トライする価値があった訳です。

スイングが改善されたってことです。

 

で、これを仕事に置き換えて考えてみると、

普段、無意識でやっている行為でも、一旦立ち止まって、振り返ってみること。

さすがに、全てをゆっくりやるなんて、物理的不可能でしょうから、まずは一つを取り出して点検してみる。

その行為に対して、

なんでこれをやっているんだっけ?

もっといい方法ってないんだっけ?

そもそもこれって自分でやるべきことなんだっけ?

などなど、わずか数分でもいいから、ちゃんと向き合ってみる。

もしかしたら、それだけ、大きな発見があるかも?

なんて思ったんです。

この行為はまさに、自分の当たり前を疑ってみることになります。

これは、メタ認知力を要求されることなので、結構負荷がかかることのはずなのです。

だから、書初めはとても疲労したんだと思います。

一筆入れるたびに、「これは良いのか?」って普段は考えもしない、一歩引いた視点で書くのですから。

しかし、その分トライした分だけ、仮に私のゴルフのように1回生産性が落ちることがあったとしても、あとでそれを超える何かが手に入ることがありそうです。

年始のこのタイミングだからこそ、

自分の当たり前を疑ってみる。

これは、1年間においては波及効果の大きい行為になりそうです。
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【今日のうねり】
ゆっくりが楽で、速い方が難しい。というのは、正しいフォームが出来ている人に当てはまるだけだ。
それが出来ていない人にとっては、おそらくゆっくりすることが出来ないはずだ。
ゆっくりすることは、どんなことでもメタ認知が要求され、高度な知的負荷がかかるだろう。
時に、このように、自分が当たり前にやっていることを疑ってみることが大切だ。
メタ認知力も高まり、もし改善点が見つかれば、より高い生産性を手に入れることが出来るから。