ラクロスで振り返る、私の生存できなかった戦略。

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令和2年睦月7日  今日もクルクル通信498号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日は、高校までやっていたサッカーでの生存戦略について書きました。

この流れで、大学4年間プレーしたラクロスについても同じように振り返ってみたいと思います。

ラクロスはサッカーとは真逆で、結局4年間レギュラーになることはできませんでした。

昨日書いた通り、サッカーでは、試合に出て当たり前みたいな人生を歩んでいたので、その真逆の「万年ベンチウォーマー」だった、ラクロスはとても良い人生経験となりました。

尊敬できる素晴らしい先輩、同期、後輩にも沢山出会えたことは、何事にも代え難い財産になっています。

ラクロスをやろうと思ったきっかけは、大学を卒業したばかりの兄が、

「ラクロス部いいんじゃないの?大学から始める人多いみたいだし。日本一らしいよ」

と言っていたから。これだけです。単なるノリですね。

「もうちょっと調べたらどうですか?」

って言ってあげたいとは思います笑

おそらく、サッカーではそこそこ活躍できていたので、

「俺、運動神経いいっしょ!まぁ、何とかなるだろう。いけるっしょ!?」

くらいに思っていたんだと思います。

大いなる誤解も甚だしい。

当時の私は、自分が運動神経が大して良くないことにまるで気づいていませんでした。

サッカーにおいても、昨日書いたような、

セクシーさ(器用さ)と対極にある、泥臭さでレギュラーを獲得していた。

という事実を認識出来ていなかったようです。

ラクロスはほとんどが大学から始めるスポーツなので、みんな横並び一線。

当時は、人口も少なかったですから、

「日本代表になるチャンスもある。特に慶應は日本一のチームだから、他よりも圧倒的にその可能性も高い」

そんな甘言に釣られて、何も考えずに入部してしまいました。

本当に、日本一のチームでレギュラーになりたいと思っているんだったら、

もうちょっと事前調査したら?自分の能力を正しく分析したら?

って言ってあげたいです。

確かに、ほとんどの大学ではラクロスは大学から始めるスポーツです。ただ、あなたが入ろうとしている慶應ラクロスだけは例外なんですよ。高校にラクロス部があるよね?

彼らは3年も経験を積んで、さらに4年間プレーするんだよ。競合めちゃくちゃ強くない?

そもそもサッカーで痛めた腰も完治していないわけだし、これだけのビハインドの状況でどれだけ勝算があるのかな?

そう言ってあげたいです。繰り返しになりますが。

しかも、あろうことか、ポジションは、アタック(AT)を選んでしまいました。サッカーでいえばフォワード。

最もスティックワーク(器用さ)が求められるポジション。

「あなた、不器用ですが、大丈夫ですか?」

ほんと、念押してあげたい笑

そんな感じで、入り口からめちゃくちゃビハインドなラクロスライフがスタートしました。

でも、そのハードルの高さに気づいたのは、半年以上経ってからだったような気がします。

さすがに、当初から1,2年生でレギュラーになることなんて無理ってことは分かってはいました。

「超頑張って、4年生でワンチャンあるかどうか?」な戦であることにリアリティーを持って気づいたのは、3年生の頭ぐらいだったように思います。

最初の1.5年間くらいは、全然面白くなくて、毎日のようにやめようと思っていましたね。

さらに、私の一個下の学年は、結果的に、高校生ながら大学1部リーグに昇格を果たした、ゴールデンエイジ

その昇格に貢献した2人のアタックは、入学すると同時にそのままレギュラーになりました。

アタックのポジションの枠は3つなので、よほどの大逆転劇がない限り、残りの3年間も、席は1つしかないことになりました。

いや、一つ上の学年のキャプテンもアタックだったので、厳密言えば、チャンスがあるとしたら、自分が4年生の1年間だけだけとなりました。

後輩からの突き上げなんてことは、サッカーの時は考えたこともなかったです。

突き上げっていう話で言えば、

3年生の時に、後にラクロス日本代表のエースとして10年ぐらい活躍する後輩が入って来ました。

これで自分が4年生時点の3枠が全部埋まりました。

「ゲームオーバー?」ってリアルに思いましたよ笑

でも、この彼は医学部生!だったので、「2年生になったら、実習が始まるので全然練習出来なくなる」なんて話も聞いていました。

そこに一縷の望みを賭け、引き続きコツコツ練習を続けました。

「3年生が終わった段階で、4番手に入れれば理想的。5番手でもまだチャンスがあるかも」

そんな目論見を立てつつ、それに近しいところにポジションを置いて、3年目を終えることができました。

通常であればここで就職活動に突入して、3年生の12月から、4年生の5月ぐらいは練習から離れるのですが、私は早々に大学院進学の決断。2月には練習に復帰しました。

他のライバルに対してスタートダッシュを決めれたってわけです。

「これは、もしかしたらスタメンとは言わないけど、ちょいちょい試合に出れるポジションは取れるかも?」

なんてリアルに思い始めたのは、この時が最初で最後だったと思います。

今でも、

「大学院進学をしたかったのか?」

はたまた、

「ラクロスをやりたかっただけなんじゃないか?」

どっちが本当の理由かわかりませんが笑

 

でも、全く予期していない事件が起こりました。

後の日本のエースが、あろうことか、留年してくれたんです。

練習できなくなると思ってる奴が一番練習できる人になっちゃったんです笑

これで、「ほんとにジ・エンド?」とは思いつつも、引き続き練習は全力で続けました。

4年生の時は一軍に所属していました。

とある練習の時に、キャプテンがこんなことを言ったんです。

「じじぃ、別に悪くないんだけどさ。どこで点とるの?」 ※じじい:大学時代のあだ名

多分、彼は覚えてないと思いますが、私は一生忘れることはないでしょう。

この一言を聞いたときに、「あー、ダメなんだな」ってわかりました。

この言葉は、

アタックとして必要な要素はそこそこ揃ってるけど、特徴がない。強みどこ?使いどころある?

ってことです。

得点を獲る仕事のポジションなのに、どこで獲れるのか?そこが明確じゃない。

点獲れなきゃ意味ないっしょ。

ってことだと理解しました。

頭をガツンと打たれましたよ。全くその通りです。

多分6月ぐらいの練習だったと思いますけど、ここでほとんど競争が終わっていました。

「今からじゃ間に合わない」って思いましたし、実際そうなりました。

一方で、2つ下の学年で、入学した時は全然目立たなかったけど、持ち前の身体と気持ちの強さで、サブとして活躍する後輩が出てきました。

彼の台頭を見た時に、「あーこういうことなんだな」とも思いました。

 

長々と書いてきました。実際は、もっともっとあるのですが、この失敗談から得た教訓は、大きく7つです。

・戦場を選びを入念すること。

・ゴールを明確にすること。

・自分の強みを確認すること。

・それが活かせる場所を探すこと。

・積み上げではなく、逆算思考で。

・競合をちゃんと分析すること。

・他人に依存する戦略を立ててはならない。自分でコントロール出来ることしか恃んではならない。

です。

 

2日連続で、全く対照的な2つのスポーツ経験について振り返って来ましたが、大変有益でした。

今でこそ役に立つ気づきばかり。これからに生かしていきます。

それにしても、実体験の腑に落ち方って半端ないですね。

例えば、「戦場選びって、ポーカー経営のことじゃん!」って。何度も書いているのに、今回が一番身に沁みました。
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【今日のうねり】
実体験から導き出される教訓のパワーは圧倒的だ。
だからこそ、言語化する意味があるのだ。
ラクロスから得た教訓は大きく7つ。
・戦場を選びを入念すること。
・ゴールを明確にすること。
・自分の強みを確認すること。
・それが活かせる場所を探すこと。
・積み上げではなく、逆算思考で。
・競合をちゃんと分析すること。
・他人に依存する戦略を立ててはならない。自分でコントロール出来ることしか恃んではならない。