自分の「器」に、文明の利「器」をハメられていますか?

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令和2年睦月10日  今日もクルクル通信501号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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ブログ第501号です。

501と言えば、リーバイスの501ですよね。これがデニムの歴史を切り開いたとも言われています。

もともと作業着だったジーンズがファッションウェアとして、大ブレイクしたのは、マーロンブランドがワイルドワンという映画で着ていたことがきっかけだったとか。

いずれにしても501は、ジーンズの世界では、歴史の始まりだそうなので、それにあやかって、このブログも気持ち新たにスタートしたいと思います笑

美容室でのことです。

入ってきた、お客様(マダム)が開口一番、

「ねえ、聞いてよ。ついにスマホにしたのよ。スマホ。私、今までガラケーだったの。

でさ、スマホってなんであんなに疲れるの。肩凝っちゃって仕方ないわよ」

なんて話をしながら横に座られました。

実際、肩こりだけじゃなくて、「スマホ首」なんて呼ばれる、首コリが最近は流行っているそうですね。

スマホを使い始めて8年以上経っていると思いますが、使い始めたとき、同じように肩こりになったのかどうか?は記憶にありません。

ただ、この1月からの10日間は、思いたるそれっぽい症状があったのです。

実は私、モンスト(モンスターストライク)という日本一のスマートフォンゲームにハマってしまっておりまして…

特に今年正月ガチャでは、新キャラ2体をゲットしてしまって、高難易度クエストをついついやり込んでしまっておりました。

言われてみれば、朝起きた時、「肩が重いな」なんて思う日があり、この話を聞いて、妙に合点がいきました。

毎日5時に起きてるなんて、書いておきながら、「何やってるんですか?」って話なんですけど…笑

 

「世界三大無用の長物」と揶揄されるものがあるのですが、ご存じでしょうか?

それらは、ピラミッド、万里の長城、戦艦大和。

選定の理由は、莫大な時間と労力を投下したのに、どれも完成したころには、実践的な役割がなかったから。

というものです。

さらに、これにもう一つ加えるとしたら、「新幹線だ」なんて言われていた

なんてことを、その昔、聞いたことがありました。

その理由は同じように、コストの部分が大きいのですが、揶揄されるもう一つの理由が、

移動時間は短くなったけど、それによって自分の時間が失われ、仕事する時間が増えた。

発明によって、自らの首を絞めてしまった

というものでした。

確かに、移動時間が短くなった分、仕事時間が増えてしまった。と言う人もいると思います。

一方で、これとは真逆で、自由時間を増やすことに成功した人もいたのでしょう。新幹線がない時代を生きたことはないですけれども。

文明の利器を使いこなすのか?文明の利器に使われるのか?

それを決するのは使い手の力量なんだと思います。

この論法で言えば、ビジネスにおいて、Eメールやチャットアプリの普及や携帯電話の進化だって、馬鹿な発明ってことになってしまいますよね。

固定電話しかなかった時代は、定時で「お疲れ様でした!」ってひとたび会社を出てしまった後は、基本は業務から解放されていました。

よほどのことがない限りは、それ以降の出来事は、「まぁ、それは仕方なかったないよね」ってことになっていたと思います。

でも、メールが普及したら、定時後でも対応が可能になりました。

携帯電話が登場した後には、土日だろうが深夜だろうが、対応することが物理的にはできるようになりました。

極論、24時間365日仕事に追われる、そんな事態も起こるようになってしまったとも思います。

でも、これは負の側面にフォーカスした見方であって、便利さは格段に伸びている訳です。使い方を誤らなければ。

大切なことは、それを自分が使いこなせるかどうか?ってことです。

文明の利「器」に自分を合わさざるを得なくなってしまっているのか?

あるいは、その真逆で、自分の器に、その利「器」を合わせることが出来ているのか?

自分で、アイテムをコントロールできるのかどうか?

これに尽きるのだと思います。

本来であれば、文明に使われるのではなく、使いたいですよね。

果たして自分はそれができているのか?

「スマホ首」になっているうちは、スマホに自分がハマっちゃってるって状態なのですが…笑

 

さて、この話は仕事においてもあるのかもしれません。即ち、

自分という器に、自分が所属している組織の機能や役割をハメることができているのか?

はたまたその逆で、組織と言う器に自分をハメているのか?

組織に所属するのであれば、自分のやりたいことやできることを、組織を使って実現したいところですが、

仕方なく、組織という器に無理やり自分をハメてしまってはいることはないか?

本来であれば前者でご機嫌に生きていきたいものですが。

もちろん、自分のプレースタイルみたいなことのは、チューニングが可能だとは思うんですけれども、より本質的な気質を曲げるっていうことはきついことですよね。フラストレーションがどんどんたまっていってしまう。

人生1度きりですから、

自分という器に、仕事をハメ込んで、ご機嫌に生きたいものです。

自分の身の回りにいる、いつ会ってもエネルギーが充満していて、楽しそうに生きてる人って、きっとこれが出来ている人だと思うのです。

もしそれができていないのだとしたら、自分の器で仕事に取り組める場所を探す。別の表現で言えば、

そもそもハマることがない、鍵穴に合わせて、押し込もうとなんてしないで、自分という鍵の形にぴったりな鍵穴を探す。

外に出て色んな人と話をし、色んな生き方に触れる。行動しまくる。

それを繰り返していれば、いつか、そのぴったりな鍵穴に出会えるのではないか。

ってか、そもそも、自分の鍵の形って変えられないのですから。生まれ持った気質なのですから。

今年は「動く」1年。

自分の人生の鍵がカチッとハマる場所を追い求め動き続けるのです。
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【今日のうねり】
文明はどんどん進化をし続ける。進化すればするほど、便利になるのは、それを使いこなせる人だけだ。
使いこなせなければ、文明に使われる人になってしまう。
それと同じように、ビジネスにおいても、仕事を自分の器に収めることが出来ているのか?
仕事という器におさめられてしまってはいないのか。もし後者だとしたら、自分の気質がきちんとハマる、場所を求めて行動しまくるのだ。