「電通を退社しよう」と思った理由

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令和2年睦月16日  今日もクルクル通信507号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日に引き続き、読書からです。

佐藤優さんの著書、君たちが知っておくべきこと―未来のエリートとの対話―を読みました。

正直めちゃくちゃ面白かったんですが、同じぐらい怖くなりました。

この書籍は、佐藤優さんが灘校の学生向けに実施した講義録です。

2冊続けて講義録を読むことになりました。

そもそも、なぜこの書籍をお手に取ったのか?というと、

鮒谷さんが、最近書き始めたブログで、

「講義録が書籍化されたものの中で、専門外の人間(=私)にとっても面白く、有益で、学びになると思った」

と書かれていて、そこで、紹介されていたのがこの書籍だったからです。

ちょうど、大沢在昌さんの講義録も読み始め、「講義録が読みやすいな」と思い始めた矢先だったので、即ポチしました。

佐藤さんの「知の巨人」っぷりはさはさておき、学生の知識量。そして、自分の無知っぷりに恐怖を覚えたわけです笑

普段馴染みのない、外交、歴史、宗教。などなど脳内が攪拌され過ぎました。

この書籍の中で、

ロシア専門家で、ロシア語しかできない人はいない。もう一か国語がマスト。ポーランド語、チェコ語、セルビア語とか。

その理由は、ロシア語しかできないと、発想がロシア的になってきて、他と比較が出来ないからだよ。ロシア的な思考が理解できて、かつロシアに対する批判的な視点を持つ専門家というのが生まれてこない

という話がありました。

これが、めちゃ響いたんです。

確かに、私の学生時代も、「これからは英語だけではダメだ。もう一か国語が必要。中国語とか」

そんなことは言われていました。

でも、その理由は、グローバル化の時代だから、英語はできて当たり前で、これからは中国が経済発展してくるから、中国語ができた方が便利」

そんな感じだったような気がします。あんま心が動かなかったんですよね。だから全然学べなかった。

「当時、この佐藤優さんの話を聞いていたら、勉強していたのか?」と問われれば、やっぱり、していません。心が動かなかったんだとは思います。

結局、どちらにしても習得しなかった。という話ですね笑

大学院時代に、研究のために、タイ語を勉強したことがあったのですが、1ヶ月持ちませんでしたね笑

研究に興味もなければ、タイ語にも興味がないわけですから。マジで無理ゲーでした笑

ただ、この佐藤さんのこの話が、「今の私」には刺さったんです。

なぜか?

私が電通を辞めて、YCPに転職した理由もこれと同じだったからなんです。

当時の動機は、

コミュニケーションの専門家だけでなく、その前の段階(仮に戦略)の理解・経験があれば、よりよい仕事できるのではないか?

というものでした。例えば、

どうやって、このプロダクトを売るのか?

だけでなく、そもそも何故、このプロダクト売るのか?

このプロダクトは本当に必要なのか?

など、もう一段階前工程から議論ができるようになれば、理解も幅も広がると思ったことでした。

今の仕事をより理解しよう!と思ったら、もっと良い仕事が出来るようになろう!と思ったら、

別の視点を獲得できた方が良いのではないか?

相対化できたり、比較できた方がいいのではないか?

そんなことを考えていたからなんですよね。

で、まさに、専門家として複数の語学を学ぶ必要がある理由は、この比較・相対するということにあるわけですから。

めちゃ刺さったわけです。2つとは言わず、多視点の重要性を改めて感じたのです。

同時に佐藤さんは、文系だから数学はやらなくても良い(大学に進学できる)といった、今の日本の文系理系という分け方も良くない。

どちらも、人としての教養において欠かせないものだから、少なくとも基礎的なレベルは、文理に関わらず習得していかなければならない。(そして、この基礎レベルが世界水準はもっと高い)

という話もされていました。

この話だって、過去、何度も耳にしたことがあると思います。

が、世界を渡り歩き、モスクワ国立大学で神学の講師も務められていた、佐藤さんの発言だからこそ、妙に説得力があったんですよね。

ここで超勝手な解釈力を発動しました。

それは、数学が物理が化学が。つまり理系科目全てが苦手だったにもかかわらず、医学部受験をしたという経験は、己の教養を高めてくれた。自分のコミュニケーション能力の基礎をを開発してくれた。と。

この観点において、めっちゃ価値があったのではないか?

この経験があったからこそ、今でも多種多様な業界業種の人ともコミュニケーションは取れるのではないか?

そんな友人に恵まれているのではないか?

と。いや、きっと間違いなくそうなのです。そういうことにしました笑

だいたい、理系科目の根幹である、数学が、中学校1年生の段階で、ついていけなくなり始めていたわけですから…医学部受験なんて無理!って気づけよって話なんですけど笑

全くとんでもない話です。

浪人までして、経済学部に進学。ラクロス部に入って、4年間ラクロスしかしていなかったのに、経済の大学院に進学。あげく、就職先は電通です。

この「一見脈絡もない生き方」を許してくれた親には、感謝しかありません笑

ほんとすみません、ありがとうございます。

 

この書籍で一貫して語られていることは、学び続けることの重要性です。

今の日本人は、別に学生に限らず、社会人も含めて、知的欠損が著しい。

もっと勉強しよう。本をたくさん読むことの重要性が語られていました。

例えば、

良い小説を読んで、様々な状況を疑似体験し、代理経験を重ねることで自分を客観視できるし、いろんなタイプの人間を知ることができる、人の気持ちになって考える訓練もなるね(中略)

私の経験上、異性に関わる問題は、実地の経験から学ぼうったってまずロクなことはないから笑 良い小説を読んで勉強することが絶対にプラスになります

など。

「例えがそこかよ!」って話なんですが笑

いや、めっちゃ納得しましたわ。

学生時代から一貫してモテなかった私が、何とか伴侶を見つけることができたは、「小さい時から、小説や映画に沢山触れてきたからってことか!」
という、これまた、勝手な解釈力を発動させました笑

ちなみに、もっとも映画を見たのはおそらく小学校6年生の時です。

〈アラビアのロレンス〉、〈ウエストサイドストーリー〉、〈ドクトルジバゴ〉、〈バグダッドカフェ〉、〈大脱走〉。〈ヒッチコック作品多数〉などなど。

あの時は、ルーズリーフに日付と作品名、そして得点をメモってたと思うんですけど、年間80本ぐらい見たんじゃないでしょうか。

あんな経験も今では自分の大切な一部分になっているってことです。

 

この「読書をしなさい、疑似体験になるから」という下りを読んで、中学3年生の時に通った、河合塾池袋校の国語の三浦先生か同じことを言っていたことを思い出しました。

「自分の人生は1度しかないけれども、読書をすることによって、何度も何人もの人生を疑似体験できる、だから、たくさん本を読みなさい」

って言っていました。

彼が教えてくれた、古文漢文の解き方。現代文の読解方法はすべて忘れましたが…笑

これだけは今でもはっきり覚えています。

全く高い授業料を払ってもらって、覚えていることはこれだけ。

どうしようもないもんです。

でも、逆に言えば、話をする時は、

余白が大事だ

ともいえるかもしれませんね。

仕事に、読書に、人との出会い。

毎日やることが山積みです。
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【今日のうねり】
エリートには、高い教養が必要だ。
出来るだけ多くの視点を持つことが求められる。
なぜなら、比較・相対をしながら考えることが出来るようになるからだ。
教養を高めるには、読書が欠かせない。佐藤優さん曰く、世界水準だと、日本は低すぎる。
人生は一度きりだが、読書を通して、無数の人生に触れることが出来る。それによって、自分を客観視することもできるようになるからだ。
読書。人に会う。働く。ハードに生きていくのだ。