マクロ視点とミクロ視点はトレードオフの関係

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令和2年睦月28日  今日もクルクル通信518号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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先日打ち合わせで新宿の高層ビルに行きました。地上40階。

見渡せば、「大」東京の町並みが見れました。

快晴で、富士山は丸見え。新宿のNTT電波塔、新国立競技場、渋谷スクランブルスクエアも、六本木ヒルズも見えて、東京のでかさを感じました。

一方、地上に目をやると、

高速道路と地上道路は同じ高さにあるように見えますし、陸橋も地上と同じ高さに見えます。

歩いていれば、勾配がかなりある坂も、平坦な道に見えます。

高いところに登れば、より遠くが見えるようになる。その一方で、高低差が分からなくなる。

マクロ視点を獲得する分、ミクロ視点が弱まっていく。そんなことを思いました。

これはケタが変わる話と同じなのかもしれません。

例えば、1億円を持っている人は、1万円も1,000円も、もしかしたら10万円も誤差になっているのかもしれません。

でも、実際に一般的な金銭感覚(仮に「ミクロな視点」と言う)からすると、1万円と1,000円はまるで別物ですよね。買えるものが全然変わる。

あの時見た40階からは、地上と10階の高さにそんなに大きな差を感じなかったので、これと同じようにも思うのです。

仕事の年次も同じでしょうか?

25年勤務していってる人からすれば、5年目も10年目もほぼ誤差の範囲。

でも10年目社員(仮にこれを「現場視点」と言う)から見れば、5年目と10年目は大違い。

新入社員から見れば、5年目は大先輩で、10年目なんて近寄りがたいレベルで差を感じます。

でも、おそらく、実際自分が25年目選手になったら、5年目も10年目もほぼ誤差と思うのでしょう。

年齢を重ねるにつれて、視野が広がり、見える景色が変わってくる。

高く登れば登るほど、視野がマクロになればなるほど、足元のミクロな違いに鈍感になっていく。

逆に、そういうことも言えるのかもしれません。

会社組織も同じですよね。

会社はピラミッド型になっていることが多いので、トップになればなるほど、入手できる情報も増え、見える世界も広がります。より遠くが見えるようになります。

その情報の多くが数字になります。もちろん、数字によって、全体が見渡せるようになり、マクロな視点で会社全体を捉えられます。一方で、数字はデジタル情報なので、その背景にある、アナログ情報が見えにくくなったりもします。

例えば、その数字を積み上げた、現場社員の頑張りや辛さといった汗臭い部分などが見えにくくなります。

でも、往々にして、会社の上手くいっていない原因が現場で発見されたなんて話もよく聞きます。

もし、こういったことが起こっている場合は、マクロ視点の獲得によって、ミクロ視点が失われる現象ともいえるのでしょう。

ですから、トップになればなるほど、現場に意識を持っていけるかどうか?

それが重要になりそうです。

ドラッガーも徹底的な現場主義を唱えていましたし。

 

人は物理的な高さが上がるだけでなく、ライフステージが上がることによって、見える世界が広がる分、見えにくくなるものがあるようです。

ですから、上がれば上がるほど、見えにくくなることがあるという意識を高めないといけなそうです。

マクロな視点とミクロな視点。

鳥の目と虫の目。

このトレードオフを常に意識しておくこと。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

この言葉、このことを忘れないためにあるのではないか?とも思えてきました。

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【今日のうねり】
高いところに上がると、遠くが見渡せる分、その上がってきた高低差に気づかなくなる。
それと同じように、ライフステージが上がることによって、見えにくくなるものがある。
マクロ視点とミクロ視点は常にトレードオフの関係にあるのだ。
だからこそ、鳥の目と虫の目も意識しなければならない。あるいは、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」も、
これを思い出させてくれる言葉と捉えれても良いのかもしれない。