「寝るか、〇〇するかしかない」環境を用意出来ているのか?

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令和2年如月3日  今日もクルクル通信524号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日、昨年末に廃棄したテレビの空きスペースに本棚をセットアップしました。

テレビが本に入れ替わる。それだけで、なんだか賢くなった気がします、既に笑

実は、「テレビがない生活」は人生で二回目です。

10歳の時に父の仕事の都合でマレーシアに住んでいましたが、この時が一回目でした。

正確に言うと、物理的にはテレビはあったのですが、実質的にはなかったのです。

「見ても何も分からない」から一切つけなかったんです。

ぶっちゃけ、マレーシアの生活が始まって、その事実をしっかりと認識した時の絶望感は半端じゃなかったです笑

私が覚えている、マレーシア語は、初めてテレビをつけた時に聞いた、

「セラマパギ。TVティガ(こんにちは。3チャンネルです)」

だけです笑

テレビの代わりに、私の相棒となったのは、小説でした。中でも、推理小説・冒険小説でした。

日本人学校の図書館にある、江戸川乱歩、ルパン三世シリーズ(モーリスルブラン)、シャーロックホームズシリーズ(コナンドイル)の作品は、1年間で、ほぼ制覇したと記憶しています。たしか、ポプラ社の単行本。

いやー、本当に面白かったです。

例えば、<少年探偵団シリーズ>、<813の謎>、<奇岩城>、<バスカービルの魔犬>、<緋色の研究>など。本当に食い入るように読みました。

マレーシアって蛍光灯じゃなくて白熱灯だったので、家の中が暗く、この1年間で一気に視力が低下しましたが…

ここで、このテレビがない生活をしていなかったら、

「いつ読書の楽しみに気づいたのだろうか?」

そんなことを思っただけで、ちょっと怖くなります。まだ気づいていない可能性もゼロではありませんし。

あの時があるから、今の読書好きがありますから、マレーシアで「本を読むか、寝るしかなかった生活」には感謝しかありません。

 

「本を読むか、寝ることしかなかった」と言えば、小学校の通学の時間もまさにそれでした。

小学校1年の時から電車通学だったのですが、車内でやれることと言えば、

「本を読むか、寝るしかなかった」んですよね。

スマホなんてもちろんなかったですから。

毎朝、同じ電車の同じ車両に乗っていましたから、中づり広告を見るのも、いつもの景色を眺めるのも限界がありました。

結局、本を読むこと以外にやることがなかったんです。

とは言いつつ、小説の面白さに目覚めていなかったので、読むといってももっぱら漫画でしたが笑

ドラゴンボールやヤイバ。幽遊白書、スラムダンクあたりでしたでしょうか。

ただ、1冊だけ強烈に面白かった小説に出会いました。江戸川乱歩の<怪人二十面相>です。

「こんなに面白いものってあるんだ!」ってワクワクしながら読んだことを鮮明に覚えています。

かといって、そこから小説に目覚めたわけではないのですが…

でも、これがあったから、マレーシアでのテレビ無し生活にスムースに移行で来たんだと思います。

それにしても、今の時代は怖いですね。

小学生でもスマホは当たり前。多くの人が電車内では、「寝るか、スマホを見るか」ですよね。

でも、一口に「スマホ」って言っても、あの中には選択肢が無限にありますからね。やっていることとは千差万別。

ついつい、「何を得ているのか?」全く分からないことばかりに時間を無尽蔵に持っていかれてしまいますから。

同じ、「〇〇するか。寝るか」でも〇〇に、スマホが入るのか?読書が入るのか?で人生大違いです。

 

「〇〇するか、寝るかしかない」という話で言えば、この土曜日のセミナーもそうでした。

「学ぶか、寝るかしかない」時間なのです。

決して安くもないお金をお支払いしているのですから、そもそも寝るという選択肢はないので、実質学ぶの一択

実にいいんです、これが。そう簡単に、「学び一択の時間」って自分で作り出すことは出来ませんからね。

あのセミナールームに行ったら、自動的に学びモードが発動されます。

こんな時間を強制天引きできるってのは、めちゃ有難いんです。

しかも、今月から2回/月になりました!一回当たりの時間は短くなりますが。

 

結局、人間は怠け者です。環境に流されてしまうものです。

ですので、「寝る以外は、〇〇しかやることがない」という環境を自ら整備することが、めっちゃ重要だと思うのです。

意思ほどアテにならないものはありませんから、強制的に選択肢が少ない状況を作ることで、自分をコントロールする。

選択肢が多ければ多いほど、認知が分散されて、集中できなくなってしまうという事態を環境整備によって未然に防いでしまう。

このような環境が作れるのかどうか?は人生は大きく変わる。そんなことを思うのです。

リビングルームのテレビを撤去したからと言って、

「寝るか?風呂入るか?」という二択にはなりませんが、選択肢がテレビから読書に変わったのは、大きいはず。

本に囲まれて、「賢そう」じゃなくて、実際に賢くなっていきます。
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【今日のうねり】
人間の意思ほどのアテにならないものはない。
だから、環境整備に力を入れるのが肝要だ。
例えば、「〇〇するか、寝るか」しか選択肢がない状況を作ってみるというのは、分かりやすい打ち手だ。
勝手にそれをやるようになるから。
大事なことに投資できる環境、時間を作れるかどうか?で人生は大きく変わるのだ。