強盗を「誠実そのものだった」と言った女性。その理由は?

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令和2年如月4日  今日もクルクル通信525号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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結局、基準を決めなきゃ、何も決められないんです。

先日、とある打ち合わせで、過去に実施した施策の振り返りというのがありました。

その各施策の担当者を含めて、10人がそれぞれの施策について、どこが良かったのか?どこが悪かったのか?ということを発表していきました。

ある人は、施策Aの〇〇が良かった。施策Bの〇〇が良かった。その理由は…

また別の人は、施策Aの〇〇は悪かった。施策Bの××は良かった。その理由は…

と言った感じです。

各人の視点が異なっているため、同じ施策でも、「良い」と捉えている人も、「悪い」と捉えている人もいました。

別に、本振り返りの目的が、「どの施策が一番良かったのか?悪かったのか?」ということを決めるためのものではなく、それぞれの考えを吐き出すことにあったため、この段階で目的は達成されていました。

一方で、あまりにフリーハンド過ぎて、やや議論が発散しているところもありました。

こういったとき、もしまとめるとしたらどうしたら良いのでしょうか?

例えば、

評価基準を導入する

これもその1つです。

あることが、「良いのか?悪いのか?」って何を基準にするのか?で全く変わってきますから。

例えば、「売上が伸びたのか?」という基準で言えば、「施策Aは良かった、施策Bは悪かった」となるかもしれませんし、

「ユーザーに喜んでもらえたかどうか?」という基準で、「施策Aは悪かった、施策Bは悪かった」となるかもしれません。

あるいは、「業界初」という基準も、「バズったのか?バズらかったのか?」という基準もあるかもしれません。

結局、この基準を定めない限り、「良い、悪い」の判断のしようがないんですよね。

特に、組織で、何かを振り返る時は、その基準の共通認識を持っていくことがとても大切だと思うのです。

今回の施策の振り返りで言えば、そもそもの、「なぜその施策をやるのか?」という目的があったはずなので、多くの場合は、それが達成できたのか?否か?がわかりやすい基準になるのでしょう。

こういったことを見失わないことが、一貫性のある議論や取り組みに繋がるのではないか?

そんなことを思い、実際にお客様に申し上げさせて頂きました。

 

バリバリのビジネスウーマンが、強盗に遭った。

解放された後に、彼女が「その男は、誠実そのものだった」と言っていた。という話を聞いたことがあります。

その女性は、強盗に拳銃を突き付けられたまま「命が欲しかったら金を出せ!」と言われ、言う通りに差し出した。

そして、そのまま解放されたそうです。

彼女にとって、これの「何が誠実だったのか?」というと、

言ったことをちゃんと守ったから

だそうです。その心は、「言ったことちゃんと守る人なんて少ない。言行一致=誠実とするなら、彼は誠実だった」というものでした。

これだって、誠実さの基準を何で測るのか?といことで全く変わってきますよね

例えば、goo辞書で「誠実」を引くと、

「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。また、そのさま。」

とあります。この基準で言ったら、私利私欲にまみれた強盗は、ちっとも誠実じゃないです。

でも、「誠実=言行一致」とするのであれば、確かに、この強盗も誠実と言えますよね。

結局、「何を評価基準にするのか?」によって、良い悪いの評価も大幅に変わってくるのです。

 

一昨日、友人から「転職をしようか?今のところに残ろうか?悩んでいる」という相談を受けました。

「給料で言えば、あっちの方が良いし、海外で働く可能性で言えば、こっちの方が良い。偉くなる(昇進する)という点で言えば、今のところに残った方が可能性が高いけど、どこでも生きていくようになるには、あっちに行った方が良いし…考えることが多くて悩んでいるんだよね」

そんなこと言っていました。

そりゃあそうですよ。全部を満たすところがあれば良いに決まっていますが、ご存じの通り、そんなところは基本はありませんよね。

こっちにもあっちにも良いところもあれば、悪いところもありますから。

で、結局大事なことは何か?っていうと、先ほどの話と同じように、

「評価基準は何か」ってことですよね?

個人のキャリアに言えば、自分の幸せにとっては、どちらの道が良いのか?

自分の幸せとは何か?どんな生き方をしたら自分は幸せなのか?

これを定めなければ、「どちらが良いのか?悪いのか?」って判断できない。

ですから、「悩む」っていうことは、その基準が明確じゃないってことの裏返しなんですよね。

先ほどの施策の振り返りで言えば、良いのか?悪いのか?は、組織に与えられた方針によって決まってしまいます。自分で決められないことも多いでしょう。

でも、自分の幸せや生きる方針に関しては、100%自分で決められる。というか、自分でしか決められない。

幸せって、個人の固有の生きてきた履歴によって決まるものですから。

自分の気持ちに素直に従って、決めればよいと思うのです。これにおいては、良い、悪いは絶対的なものですらあると思うのです。

 

判断をするには、評価基準を定める。

ここから全てが始まる。決めなければ、行動も出来ないんです。
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【今日のうねり】
良いのか?悪いのか?を決めるには、評価基準がなければならない。その基準によって、それは大幅に変わる。
組織において、意思決定をする時は、これがないと議論が発散しがちだ。まずはこれを明確にすることが大切なのだ。
個人の意思決定においては、100%自らの意志で、評価基準を決めることが出来る。むしろ、自分にしかできない。
その基準一つは、何が自分にとって幸せなのか?であろう。
ここを明確にしないと、例えば転職などの大きな意思決定は難しい。評価基準を決める。これなくして行動は出来ないのだ。