達人は手ぶらで行く

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令和2年如月29日  今日もクルクル通信550号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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「75点を取る時は内容を固めていく。100点を取りに行くなら手ぶらで」

昨夜は東大准教授の友人、伊藤亜聖君と久しぶりに2人で食事をしました。

昨日、「飯行く?」って話が出て、その当日に開催という、二人の会としては珍しいスピード感でした笑

日々講義という人前で話をしている彼に、ちょうど昨日のブログに書いた、初出しにしかないワクワク&ドキドキについて聞いてみたんです。

「話す内容を事前に固めてしまって、講義に臨むと内容が予定調和にならないか?固めない方が、良い話が出来ることがあるのではないか?」

って。それに対する、彼の回答が、冒頭に書いた、

「75点を取る時は資料を用意して行く。100点を狙いに行くなら手ぶら」でした。

一方で、「そんな機会は、1年に1回あるかないか?通常の講義では、内容は固めていく。講義はフォーマットを作っておかないと大変。運用できなくなる。固めていないのは、冒頭と最後の10分ずつくらい」

そんなことも言っていました。そりゃ確かに、講義は、フォーマット化していないと、やる方も聞く方もツライなとは思いました。

実際、彼が今まで出会ってきた、話す達人は皆手ぶらで話をされていたそうです。

壇上に立っていきなり話を始める。その流れの中で、黒板に図を書いたり、文字を書いたりする。フリートークにしか見えない講義だったそうです。

そんな話を聞いて、今まで出会ってきた、先生の講義を思い出しました。面白かった先生は、ほぼ手ぶらだったように思います。

黒板にもほとんど文字を書かない。授業中はずっと喋りっぱなし。なので、こちらはメモを取るのに必死。

資料がないがゆえに、「いったい、次はどんな話をするのか?」という楽しさもあったように思います。

 

って考えると、大学の先生ってマジすごいっすね。当時は全くその凄さが分からなかったですけど。

チョーク箱を一つで教室にやってきて、毎回喋り倒して、「では、また来週」みたいな感じで帰っていく。

噺家と一緒ですよね?やっていることって。

一流の噺家は、事前にネタを決めないと言いますよね。会場に入って、マクラを話しながら、

「今日はどんなお客様が来ているのか?年齢層。男女比。笑ってくれそうな人なのか?そうでないのか?」

それらを感じ取って、ネタを決めていくと言います。

これもまさに、手ぶらスタイル。「達人の話し手は手ぶら」ってことなのかもしれません。

確かに、身の回りで「達人」と思われる方々、例えば、鮒谷さんや大久保寛司さんも手ぶらです。

でも、これって本当に大変。やってみて、その凄さをより実感しました。

話すことが飛んだとしても、、論理的に整合性がなかったとしても、something newがなかったとしても、振り返っても後ろには何もないですからね。

これらが起こったら、テレビで言えば完全なる放送事故。そんなリスクがありながらも、顔色一つ変えずに淡々とやっているんですから、本当に凄いです。

その達人を目指すならば、普段から考え、書いて、話し続ける。これを高いレベルでやり続けることが求められます。

話せること=伝わっていること

とは全く別ですから、自分が話せたと思っていても、伝わっていなかったら、何も意味がないですし。

1対1。1対N。数多くの話す経験を積む。そのトレーニングなくして、手ぶらスタイルの確立はありえないのです。

新しい経験をすれば、新しい世界が見えるようになるのです。
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【今日のうねり】
話す達人はみな、手ぶらスタイルだ。
でも、これは話すスタイルとしては最上級。めちゃ難易度が高い。
日々の考える、話す、書く。これを高度にやり続けた者だけが到達できる世界なのだ。