論理的に思考するにも「勇気」が必要らしい

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令和2年弥生12日  今日もクルクル通信562号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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論理的に思考するために必要なのは実は「勇気」なのです

内田樹さんは、<サル化する世界>でこんなことを書いていました。

昨日、

戦略の本質は「勇気」

とも書きましたが、「勇気」繋がりで今日も続けます。

論理的に思考するためになぜ「勇気」が必要なのか?

それは、

それによって導き出された結論が、例え良識や生活実感と乖離するものであっても、最後まで追い続けて、「この前提からはこう結論せざるを得ない」という命題に体を張ることだから

そして、この「論理的にものを考える」ということについて、内田さん自身は、幼いときに、アーサー・コナン・ドイルのシャーロックホームズなどを読んで知ったそうです。

名探偵の推理は、断片的なファクトを並べていって、一つの仮説を作っていきますよね。その仮説がどんなに非常識であっても、信じがたい話であっても、名探偵は、「これが真実だ」と断言し、事件を解き明かします。

これは、「論理」というよりも、むしろ「論理の飛躍」だと。

論理的に考えるには、跳躍力も必要

なんだ。だから、それには勇気がいるんだ

そんなことを書いていました。

これ、かっこいいと思いませんか?

私は、めちゃ刺さりました。

思い返してみると、私が今まで出会ってきた、「論理的」な人は、皆さん、その跳躍力が凄かったです。

それはコンサルタントであったり、クリエイターの方だったり、芸術家だったり、職種は様々ですが、そのジャンプ力と、それを世に出す「勇気」も素晴らしかったんです。

自分では生まれ変わっても出ないであろう、めちゃ面白い「アイディア」を出してくる、クリエイターの方とお仕事もさせて頂いたこともあります。あまりにそのアイディアに感動したので、バカなふりをして

「どうやってこんなことを考えるんですか?」

なんて聞いてみたことがあるんですが、そういった方に限って、

「えっ、これって〇〇ってことだからさ、こうやって考えたら△△になるよね。そんな感じ」

みたいに、極めて論理的に説明されるんですよね。

めちゃびっくりするんですけど、マジで考えられているんです。そこには緻密な論理があるんですよね。

「思いつき」と「アイディア」の違いって、彼らから教えてもらったように思います。

「跳躍力」と「勇気」が必要なのって、何も名探偵や名コンサルタントや名クリエーターだけではないですよね。誰もがあった方が良いとも言えます。

論理的に考え、その結論を人に伝えるという行為は、人間誰もがすることですから。

そして、結論を自分の外に出すには、そもそも「勇気」も必要になります。

その結論に跳躍があればあるほど、普通から乖離していくことにもなりますから、なおさら「勇気」が必要になります。

「何言ってんだ、お前?」

とか

「えっ、バカ?全然言ってること、わからないんだけど…」

なんて言われてしまうことってよくありますからね。

もちろん、その結論に論理がなくて、単なる思い付きであれば、勇気もへったくれもなくなってしまいますので、ちゃんと考える訓練はし続けなければなりませんが。

 

論理的に考えることの本質は「勇気」

戦略の本質も、「勇気」

だとすると、なんか響きは泥臭い。全然ロジカルじゃないです。

でも、前提条件から、これ以外ないと信じれることがあって、仮にそれが周りの人の常識や考えから乖離したとしても、狂気だと思われたとしても、そこに命を張りたいですよね。オールインしたいですよね。

泥臭いんですけど、「勇気」ある人でありたいと思うのです。
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【今日のうねり】
論理的に考えることは、「跳躍力」と「勇気」のいることだ。
論理の積み上げに、最後はジャンプが必要で、そのジャンプが大きければ大きいほど、周りの常識などからは乖離していく。
でも、そこにビビらずに命を張りたい。オールインしたい。
そんな「勇気」ある人であるのだ。