zoomのおかげで、リアルな打ち合わせはいらなくなった!?

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令和2年弥生16日  今日もクルクル通信566号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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土曜日は月一の終日セミナーでした。

とは言いつつ、昨今のコロナウイルスの影響でオンラインでの開催。

人生初のzoomを経験しました。

正直、衝撃を受けました。そのクオリティと快適さに。

確かにzoomがとてつもない勢いで成長していたことも、多方面で使われていることも知っていました。が、

「電話会議/テレビ会議が便利になった程度だろう」

ぐらいに思っていました。

実際、私の電話会議/テレビ会議の記憶は?というと、あんまり良いものでなく…

その昔、といっても4~5年前の話ですが、

テレカンと言われれば、ポリコムのたこ足みたいな通信機に電話線を差し込んで、コールIDとパスワード?を打ち込んでやる、あれでした。しかも言語は英語。

声は充分聞き取れるけれども、表情もわからないし、しかも英語。資料の画面共有もなかったので、とてつもなく集中力を要したものでした。終わった後の疲労感も半端ない。

少なくとも、まるで快適なものではなかったです。

テレビ会議は?と言っても、、これと大差はなくて、上記の機能に、カメラがついている程度。各人の表情もほとんどわからないですし。

ところがどっこい、zoomはどうか?

クリアな音質もちろんのこと、一人一人の表情まで丸見え。場合によっては、リアルで打ち合わせしてる時よりも、相手の表情がはっきり見えるのではないか?

というレベルでした。

「表情までが、はっきり見えてしまう」っていうのは最高だなって思いました。だって、

集中してなかったらすぐバレますから。

画面は共有されていますので、他の作業、例えば、関係ないメールの返信。スマホチェックなんてしようものなら視線でバレます。

もちろん、眠いもバレます笑

そんな時は離席するしかないみたいな。なので、

リアル会議以上の緊張感があるのでは?

とすら思ったのです。

今回のセミナーは基本は講師が話をしつつも、質疑応答の時などは、双方向のやり取りがありました。

話し手が変わった瞬間に、声をキャッチしてなのか?画面に話し手が画面にフォーカスされますので、そのあたりは、ほんとリアルな会議と変わんなかったです。

移動時間は無くなるし、ぶっちゃけ便利すぎる。

良いことしか見当たりません。

 

唯一、リアルな会議と比べて落ちることがあるとすれば、

「場の力」が弱い

というところでしょうか。

リアルな人間が一堂に会した時に生まれる、例えば、集中力や盛り上がり、参加者同士の刺激と言った、目に見えない「場の力」。これだけはzoomは劣ると思います。

打ち合わせで言えば、互いにリアルにふれあい、刺激をし合うからこそ生まれる良いアイディア。良い意味で、想定していない議論が生まれること。

これがリアルの一番良いところ。

ジャズの場でよく言われる、「インプロビゼーション」みたいなものでしょうか。これは、zoomはさすがにないですよね。

一方で、このリアルならではの価値がある打ち合わせがどれくらいあるのだろうか?

このようなリアルにしかない価値を生めないのであれば、わざわざ会う時間を作って、リアルな打ち合わせをする必要がないのでは?

とすらも思いました。

自戒を込めてです。

その「場の力」が弱くなっている大きな原因の一つが、

PCが一人1台が当たり前になったこと

だと思っています。

もちろん、働き方や生産性の観点で、これによる良いところも沢山あります。ただ、その悪いところが、打ち合わせの場で出ていることもあると思うんですよね。

それは、認知・集中力の分散

です。

PCを会議に持ち込むことが当たり前になっていると、打ち合わせ中にそれを開くことが当たり前になっていますよね。

それが、認知・集中力の分散を招いていると思うのです。

正直、そのPCで何をやっているのか?見ているのか?が分かりませんよね。情報セキュリティの観点からスモークをかけている人もいます。

PCを触っている人が、本題とは関係ないもの、例えば、Yahooニュースを見ていたとしても、メールを返信をしていたとしても、分からないじゃないですか。

覗き込むわけにもいかないですし、ちょろちょろ、メールやチャットの受信を告げるポップアップが出ていたら、集中する方が難しいです。

PCの存在が集中しなくても良い環境を生み出している。それを許容せざるを得ない状況を産んでいる

そんなことを感じています。

そして、それは人数が多かったり、時間が長ければ長いほど、それは増えていると思います。

でも、これって、リアルの価値を著しく毀損していますよね。

もったいないですよね?

認知が奪われまくっている状態で、議論をしても、熱い議論が出来ないし、当事者意識だって生まれない。

その打ち合わせは、本来の役割が果たせないと思うのです。

集中していないから、時間も不必要に長くなる。

良いことなんて、何一つないと思うんですよね。(もちろん、議論に必要な場合はどんどんPCを活用すれば良いです。)

参加者全員が、その目的のために、集中して考え、議論をする。

リアルで話をするから、刺激が入って、そこでしから生まれないアイディアや結論にたどり着ける。

そんな会議が出来ないのであれば、リアルでやらなくても、むしろ、zoomでやった方がむしろいいんじゃないかって?

そんなことすら思ったのです。

貴重な「時間」という資源を、みんなでそこに投じているわけですから、最大限の成果を上げたいじゃないですか。

であれば、皆で集中する環境を作っていくという努力やルールも必要なのでは?と思うのです。

 

ウイルスのおかげで、リアルに会えないこそ、「オンライン」のzoomの素晴らしさを体感するとともに、「リアルの価値」を噛み締めました。

zoomは上手に活用していきたいですね。でも、やっぱり、リアルな打ち合わせも大切にしていきたい。

その時は、少なくとも今まで変わらず、基本はPCを閉じる。必要がなければ、携帯も含めて開かない。

ノートとメモを手に、集中して臨む。そんなスタイルを励行していきます。
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【今日のうねり】
zoomの登場によって、わざわざリアルに会わなくても質の高い打ち合わせが出来るようになっている。
だからこそ、今一度、リアルの打ち合わせの意味を考える必要があるのだ。
例えば、それは、互いに刺激が入って、オンラインでは生まれないアイディアや結論にたどり着けることだ。
でも、PCなど認知を奪ってしまうデバイスをそこの場で活用してしまったら、その価値が生まれにくい。
価値を最大化するために、PCもスマホも必要がなければ開かない。集中する環境を作っていくのだ。