カラカラに乾いて、初めて学びの態勢が整う

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令和2年弥生26日  今日もクルクル通信576号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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このところ、お客様の能力開発にかかわる仕事をしています。

なので、ふと、自分が会社員時代に受けた研修のことを振り返りました。

例えば、電通時代に受講させてもらった研修の中で、その内容を覚えているのは一つしかありません。「ホント申し訳ありません!」って話なんですが…

そもそも、受講した数は多くないとはいえ、後の研修の内容は全て忘れてしまいました。

でも、その一つは、めっちゃ身についています。それは以前も書いた、英語の研修です

これのおかげで、「大きく人生が変わった」と言えるぐらいのインパクトがありました。

一方で、同じ研修でも「何も覚えてません」という研修ばかりです。

この2つの差は一体何から生まれるのか?

改めて考えてみると思い浮かぶ理由はたった一つしかないのです。

それは、目標が明確にあるかどうか?これだけです。

これに尽きます。

英語の研修に関していうと、当時は「海外の仕事をしたい」という強い気持ちがありました。

そのタイミングでチャンスが回ってきた研修ですから、「これはガチでやるしかない!」

そんな強い気持ちを持って臨みました。

何の確約があるわけではないですが、「ここで良い成果を上げれば、もしかしたら海外の仕事のチャンスがあるかもしれない!」そんな淡い期待もあったんだと思います。

実際、先生との相性も良くて、授業もめちゃ楽しかったので、英語力も伸びました。

さらに、全英オープンゴルフという大好きなゴルフ×英語という奇跡としか思えない仕事に巡り合うことが出来ましたから、幸運としか言いようがありません。

この英語の研修は、マンツーマンではなく集団研修ですから、受講者全てに成果が上がったのか?は定かでありません。個体差があるとしたら、それは、それを通して叶えたいことがあるかどうか?だとだと思います。

結局叶えたい目標がなければ、どんなに良い研修を受けようとも、身につかないのだろうと思います。

その他の研修に関しては、私はまるっきり覚えていませんが、一方でその研修で人生が変わった人もいるかもしれません。だとすれば、

学びとは、受け手の心が整っていないと、身につかないもの

と言えるのでしょう。

一方で、目標がなくても、学びが身に染みるパターンもあります。

例えば、恐怖が絡む場合です。

電通を退職した後にYCPジャパンに入社しましたが、あの会社は、当時かなり研修の厳しい会社でした。

一番下の階級であるアソシエイトで入社したのですが、当時は、コンサルティング、ファイナンス、マーケティングの3つの領域での研修とテストがありました。そして、それを全てクリアしないと、昇級の権利を得ることが出来ないという制度になっておりました。

年収が数100万円単位で落ちていましたので、この時は本当に必死で取り組みました笑

もちろん、自分のなりたい像(目標)に向けて転職をしたのですから、目標と研修が紐付いていたのでやる気はありました。でも、ぶっちゃけたところ、

昇級が出来ない=給料が増えない。「アップorアウト」の世界だから「クビになったらやばい!」という恐怖の方が圧倒的なエンジンになっていたように思います笑

大学卒業以降の学びは、やらなくても良いものしかありません。

学ぶことが趣味の方もいらっしゃる人もいるとは思いますが、基本的には学びは苦痛を伴うことが多いですから、やらなくても良いならやらないでいたいものです。

でも、それをやろうというからには、叶えたいことややらざるを得ない環境が必要なのだと思います。

ましてや社内研修でしたら、身銭を切っているわけでもないですから、何も痛みもありません。

それでもなお、社外セミナーなどで、身銭を切って学ぶ人がたくさんいます。私もその一人で、喜々として参加しております。

理由は、自分の目標と明確に紐づいていますし、恐怖とも紐づいているから。

超弱小零細企業の経営者ですから。ましてやこんなご時世。強烈な恐怖に駆られております笑

大げさな表現かもしれませんが、心も(財布も笑)枯渇していますよ。カラカラに乾いたスポンジ状態ですよ。

そんなカラカラな状態だからこそ、学びが染みわたるのだと思うのです。投資した分だけ改修しようという気持ちにもなるのです。

 

もし、目標とも恐怖とも紐づいていないのに、例えば、「みんながやっているから」といった能動的でない理由で、時間とお金を投資しているとしたら、もったいないです。

時間もお金も使うのですから、利回りを最大にしたいじゃないですか。

もっと楽しいことは沢山あるのですから、そちらに投資したほうがきっとハッピーだと思うんですよね。

例えば、映画をしこたま見るとか、ゴルフをやるとか、友達とバーベキューをやるとか。

楽しいことをたくさんやって、でもある時、「いやー、このままだったら本当にやばいかも?」みたい恐怖や強烈な目標が出てきたときに、一気呵成に叩き込んだ方が絶対にお得だと思うのです。

スポンジがカラカラになるまで待った方が良いと思うのです。

それぐらいの飢え、枯渇感があってこそ初めて学びに態勢が整った。と言える。

学びは心の態勢で決まるのです。
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【今日のうねり】
学びの濃度を決めるのは、心の態勢だ。
それは、強烈な目標。あるいは強烈な恐怖によって、心が乾いたときに最大化されるのだ。
カラカラのスポンジが一気に水を吸収するように、このタイミングだと学びが最大化される。
だから、その状態になっていない人は何も焦って学びをする必要ない。義務教育ではないんだから。
金と時間を投資するのだから、利回りを最大にすべきで、「周りがやっているから」などといった受け身で臨んでも成果は大して得られない。
しかるべきタイミング来るまで待った方が良いのだ。心の態勢(カラカラに渇く)を整えることから学びは始まるのだ。

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