市場価値を追うと良いのだろうか

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令和2年弥生31日  今日もクルクル通信581号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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「市場価値があるか?不安なんです」

転職しようか?って悩んでいる人間や、ずっと同じ会社に勤めている人からこんな話を聞くことがちょいちょいあります。

あるいは昔から、「いつ何があるか分からないから、市場価値を高めておかなきゃ」なんて言って、例えば、TOEIC、中小企業診断士など、各種資格を積極的に獲得しに行っている人もいました。

でも、

そもそも市場価値を求めることが大切なのだろうか?

という問いを立ててみることも大切だと思うのです。

市場価値を追い求めることが、危ない場合もあると思うのです。

だって、市場価値を追うってことは、すでに同じようなものがある市場に出ていくってことですよね。

そこは、すでにモノの価値が決まっている=値決めされているってことになります。

例えば、日々、我々がスーパー等で買っている野菜や肉、米、小麦やコーヒーなど。流通市場で取引されている、これらの商品とある意味で同じということです。

それらの市場価値、仮に価格とすると、それは、ご存じの通り時給バランスで決まってしまいます。

それを購入したい人と売りたい人の差分で、価格が決まるということです。

もちろん、冷夏や暖冬といった季節要因で、野菜や米などの消費財は、値段も上下してしまいますが、基本的には、価格は定まっています。

人材マーケットにおいても、市場価値を追い求めるということは、これに近づいていくってことです。

既に、欲しいとされているものが決まっている市場。価格の相場も決まっています。そこに自分を身に置きに行くことになります。

そこでは、「誰にでもお求めやすいもの」が求められますから、必要とされるスペックも汎用的になっていかざるを得ないことになります。

つまり、市場価値に寄せていくと、代替しやすいものにも近づいていくということです。

例えば、イチゴで言えば、<あまおう>や<とちおとめ>といったブランドもあり、味も値段も変わることもありますが、余程のこだわりがない限り、他のイチゴでも代替は出来てしまいます。

 

おそらく人材市場で言えば、分かりやすいハードスキルがあるかないか?

が、一つの大きな評価基準になっているのでは?と思います。

例えば、TOEICが800点以上とか、パワーポイントやアクセス、エクセルのスキルに長けている。何なら技能検定もパスしているとか。

簿記1級、中小企業診断士、会計ファイナンシャル検定を持っているとか。

どれも難易度が高くて持っているだけで凄いはずです。恥ずかしながら私は、TOEIC以外は受けたことすらありません。

それらを追い求めて、「あれもこれもできる」人になったとしても、流通する人材の一人であることには変わらないと思うのです。

それもそれで、アリです。一定の需要が間違いなくありますから。

しかし、市場に出した時に、より良い価格がつく可能性がある商品は、これらのハードスキル系よりも、真逆のソフトスキルだったりすることもあるのでは?と思うのです。

例えば、それらは、リーダーシップ、コミュニケーション能力、交渉力、ストレス耐性。考える力と言った能力です。

そもそもこの手の人材の流通量が多くないってこともあります。何より、これらの能力が目に見えないものだから、分かりにくい。評価が難しいから、目に見える形で市場がないのかもしれません。

でも、経営者の方とお話をさせて頂いていると、この手のソフトスキル人材を求めていると感じることがあるんですよね。実際。

ソフトスキル系の市場は実際にあって、それが分かりやすい形で顕在化していないだけなのです。

ここには大きなチャンスがあるように思うのです。

市場価値を追い求めていくと、分かりやすいがゆえに、参加者も多くなる。すると、そこは激戦だし、そこで評価されようとすると、どうしても、汎用的な人材になってしまいます。

でも、顕在化していないけど、チャンス満載な市場もある。仮にそれが発見できて、そちらに自分の強みがあるのだとしたら、そっちで戦った方がラクです。評価もされるし、結果も出せますから。

既に顕在化している分かりやすいところではなく、その裏に顕在化されていないだけで美味しい市場があるかもしれない。

人のいく裏に道あり花の山

そんな視点を持って、自分と世の中を見渡しても良いのかもしれません。
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【今日のうねり】
分かりやすい市場価値ばかりを追い求めることは、リスクを伴うことだ。そこは分かりやすいがゆえに激戦だからだ。
敵も多い。そして、その市場を目指すということは、汎用的になるということでもある。
汎用的でないと、市場に流通出来ないからだ。
でも、そうなったら、誰かの代用品にしかなれない。
それでいいのか?
簡単には見つからないけど、美味しい市場。そこを探すという意識も忘れてはならないのだ。
人のいく裏に道あり花の山
なのだ。

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