働き方改革ならぬ、生き方改革が起こる?

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令和2年卯月14日  今日もクルクル通信595号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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これからの時代は、「問い」を立てる力がなければ、生き残れなくなる。それが出来なければ、行動ができないから。

昨日、そんなことを書きましたが、今日もリモートワーク関連で続けます。

リモートワークになって、「会社に勤めている」という感覚が薄れていっている

という方がいるのではないでしょうか。

「会社に行く」という行為そのものが、「会社に勤めている」ことの意識においてかなり大きな部分を占めていると思います。会社という「場所」があって、そこに行けば、自分と同じ会社に勤めている人がいる。そこには同じ価値観を持った人がいるので、居心地が良い。

だから、会社員としての帰属意識や、愛社精神が高まっていく。この会社のために、この仲間のために頑張ろうと気持ちが生まれ、それが仕事に向かうエネルギーになります。

しかし、会社に行けなくなった今、その気持ちの部分ってどうしても弱くなってしまうのではないでしょうか?

実際、私自身が電通からYCPに転職した時も、当時のクライアントに常駐しており、汐留のオフィスにはほとんどいっていませんでした。

もし、この常駐をしていなかったら、「転職できていなかった」と本気で思うことがあります。

いつものオフィスに行けば、いつもの最高な先輩や後輩がいるから、

「何も転職なんてしなくてもよくない?超楽しいじゃん、今。いいよ、いいよ。このままで」

みたいな、「転職をしなくてよい理由」を自分の中で発生させまくっていたんだと思うのですよね、きっと。

でも、オフィスに行っていなかったから、彼らとの一緒の時間が少なくなっていたので、そういった言語が発生しなかった、帰属意識が薄まっていったんですよね。

その結果、「電通をやめる」という意思決定も出来たんだと思うのです。

人は弱く、環境に流されやすいものですから。

 

で、今のリモートワークに切り替えた多くの人が、この時の私が感じていたことと同じようなことを感じているのではないか?

そんなことを想像してしまいます。

ましてや、こんな先が見えない状況ですし、自分の最も多くの時間を使っていた、「会社」という場所にもいかなくなった。そこで仲間と会う時間も減り、時間が出来た。だとすれば、誰もが、今までの自分を振り返り、「このままで良いのか?」って一度は問いかけたと思うんです。

で、実際にリモートワークをしてみて、

「もしかしたら、自分に力さえあれば、別に会社に所属しなくても、生きていけるんじゃね?やりたい仕事だけやれるんじゃね」

「てか、そもそも会社に所属している意味ってどれくらいあるのだっけ?」

って、思った人って、けっこういると思うんですよね。ぶっちゃけ。

もちろん、今の仕事が、会社に行かなくても「やっぱり楽しい!」って思った人もいると思いますし、それはめちゃ幸せなことなので、そのままで良いと思いますが…

で、実際にこれからって、

会社ではなく、内容で仕事を選ぶ、個人の時代になる。

ダニエルピンク風に言うと、フリーエージェント社会に突入していくのではないか?

と思うのです。

自分の力さえあれば、組織を気にすることなく、自由に仕事をすることが出来る。しかも、場所も時間も選ばずに自由に。

そう望む人はいくらでもできるようになっていく。

ぶっちゃけ、リモートワークだったら、労務管理だって出来ないですからね。昨日も書きましたけど、「1人ブラック企業」に誰もがなれちゃいますからね。

もし、そういった「自由」な生き方を望むのであれば、自ら行動するエンジンとなる、「問い」を立てる力は欠かせなくなります。

周りに仲間もいないですから、そもそも、「自分を律する力」あるいは、「自分を躾ける力」もないときつい。高度な「セルフコントロール力」が必要になってくると思います。

会社のオフィスに発生している、「とりあえず、周りの人がやっているから」からみたいな集団圧力もないですから、自らプロアクティブに動くしかない。一方で、動けない人は、置いてけぼりになってしまいます。そんな事態が起こっておかしくないです。

まさに二極化。働き方改革ならぬ、生き方改革が起こってしまうのかもしれません。

自らの人生を自ら手綱をしっかり引いていくためにも、自分を躾けていくしかないのです。
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【今日のうねり】
これからの時代は益々「個」の時代になっていくだろう。リモートワークによって、会社への帰属意識は薄まっていくし、会社ではなく仕事で内容で、仕事を選ぶ時代になる。選ぶことが出来るのは、力がある人だけだ。そういった力ある人になるためには、少なくとも「自らを躾ける力」と「問い」を立てる力の二つは欠かせない。
逆に言えば、これらがあれば、自らの人生を自らの手でコントロール出来るようになるのだ。