「自転車よりも歩くこと」に軍配が上がりました。

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令和2年皐月28日  今日もクルクル通信639号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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ワークスペースへの移動を自転車に変えてから2ヶ月。

確かに早いし、天気が良ければめちゃ快適なのですが、その分、歩く量が減りました。

以前は、平均10000歩/日をキープしてきたので、今は散歩中不携帯であることを差し引いたとしても、半分くらいになっている印象です。

それに加えて、座っている時間が伸びたこともあって、先週久しぶりに腰が痛くなりました。

なので、この1週間は自転車をやめて、ワークスペースへの移動を歩くことに切り替えました。(すでに完治!

移動の中心を歩くことに切り替えて、改めてその良さも感じたので、自転車のそれと整理したいと思います。

まずは、自転車。

これの良いところはなんと言っても、そのスピード。移動時間が半分以下に短縮できます。

天気が良い日はスピードも出る分、気持ちが良いですよね。歩くことでは感じることが出来ない「風」も感じられますし。

一方で、歩くこと。

これの良いところは、周りに意識を大して配ることもなく、自分のリズムで歩き続けることができること。なので、完全に意識を自分の内側に持って行くことが出来ます。

特に業務終わりなんかで言うと、1日の振り返りもゆったり出来るし、ちょうどこの頃は、日が延びてきて、夕暮れの空を見ていると、それは心が癒され、気持ち良いものです。

自転車に乗っているときは、のんびり空を眺めている場合ではないですからね。

歩いて改めて分かったことは、自転車って、「疲れる」ってことです。

肉体的よりも精神的にです。

というのも、スピードが出ている分、意識を各所に持っていかれているんですよね。

ただえさえ小心者ですから、自転車に乗ってる時、ずっと、前後左右に意識を使っているんですよね。

万が一、突然人が飛び出してきたらどうしよう?

万が一、信号は青なのに、突然車が突っ込んできたらどうしよう。

万が一、死角から子供が飛び出してきたらどうしよう。

万が一、目の前を歩いてる人がいきなり蛇行したらどうしよう。

などなど、歩いている時の数倍、いや数10倍意識を使っている感じがします。

なので、自転車は肉体的には気持ち良いのですが、頭のリフレッシュにはあんまりなっていないことが分かりました。

あくまで個人の感想です。

もう一つ、自転車によって失われていたこと。そしてそれがめちゃ大きいことが分かりました。

それは、音源学習の時間がほぼなくなっていたということです。

今は、音源を聞いている時間は、朝の洗濯の時間だけなので15分程度しか取れていないんです。倍速で聞いているんで正味30分といったところです。

でもそれ以前は、この洗濯にプラスして、移動時間は全てを音源時間に充てることが出来ていました。

おそらく平均60分はあったと思いますので、正味の時間としてはプラス120分ありました。

この損失が実に大きいということがわかりました。

同時に、こういった時間はかなりの意思を持って確保しないと取れないことも分かりました。

だからこそ、洗濯や歩くといった、その行為自体に意識を用いないで済むことに掛け合わせると良い

ってことにも気付きました。

別の言い方をすると、洗濯や歩く時間=音源を聞く時間に置き換えてしまう

ということです。

今の私にとっては、自転車によって浮く移動時間よりも、歩くことによる「心身のリフレッシュ」と「音源学習時間の確保」の方が価値があるということが分かったので、

両者を比較した場合、移動手段としては「歩くこと」に軍配が上がりました。

なので、もう自転車に乗れるのですが、今週は全部歩いています。

超急いでいるときは自転車orタクシーという選択肢ももちろんありますが。

もちろん、これは「今の私にとっての話」であって、どんな人にも当てはまることではありません。

もしかしたら来月になったら、音源学習終了。読書時間最大化が評価基準に変わっていて、自転車に乗りまくっていることだってあるかもしれません。

 

大切なことは、複数の選択肢があったときに、どちらが良いのか?どちらを取る方が良いのか?は、

人それぞれの評価基準によって決まるということです。

だからこそ、その軸を明確にできるかどうか?が大事なのです。

例えば、子供が生まれたばかりでとにかく移動時間を最小にするのが最も大事な評価基準の人にとっては、

そもそも歩くという選択肢はなくて、自転車の対抗馬はタクシーかもしれませんよね。

 

日々の生活は大小さまざまな意思決定の連続です。

その一つ一つを選び取って生きているのですから、その選び取った理由を言葉として明確にできていた方が良いですよね。行動と意識が繋がっているのですから、葛藤や矛盾あるいは混乱が少なくて済むはずです。

どれだけのそういった言葉を持っていますか?

機会があれば、振り返ってみても良いかもしれません。

自分のコアとなる、意思決定や評価の基準を整えることが出来れば、その分だけ行動も生活も整って行くのですから良いことしかないはずです。
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【今日のうねり】
人生は意思決定の大小さまざまな連続。その集積だ。
その行動を選び取る際に、どれだけの言葉としてその基準を明確にできるかどうか?によって行動の整い方が決まってくる。
明確にできていればいるほど、そこに葛藤や矛盾が減ることになり、生きやすくなっていくのであろう。
だからこそ、自分のコアとなる、意思決定や評価の基準を整えることが大切なのだ。