「中田さんの話ってさ、【まるで、小学生の作文みたい】だね」なんて言われたくないっすよね

引き続き【世に棲む日々】を読んでいます。
ちょっとお仕事が立て込んでおり1日の読書量やインプット量が減ってきていてて…どうしたものか?なんてものを考えております
スケジュールメイクこそ命ですからね。改善を進めていきます。

さて、こんな話が書いてありました。
吉田松陰は、1853年、ペリー来航した時に、この船に乗って渡米しようと企てました。その理由は海外を見なければ次の日本の方向性を考えることができないというものでした。
実際、船まで小船で行ったのですが、結局、失敗。投獄されてしまいました。
その牢獄で牢屋の主とのやり取りが鳥肌ものでした。
「お前、なんで渡海をしようとしたのか?」
「日本はいま、亡びようとしている。国内の防備も貧弱で、外夷は強力。
そんな中、国内の志士は、攘夷!攘夷!と唱えているが、そんなものは、ただの空理空論
人はまず「物を」見るべきである。「物を」。(何度も繰り返したそうです。)
実景を見てから実態の真実を見極めるべき。それはなにか?
夷狄の国を見ることだ。大陸を見て回って、国家の舵の方角を決めなければならない。そのために、誰かが海を渡らなければならない。
海を渡ることが死罪にあたることであっても、誰がやらなきゃいけない。だから自分がやった」
牢屋の主含めて、その他囚人がこの話に聞き入って、感激したそうです。
命をかけてまで、現場を見る必要が現代にあるとは思えませんが…
それはさておき、古今東西、人に熱く想い伝えるためには、自分の目で「物を」見て、肌で感じたことを「自分の言葉」で語るしかないってことですよね?
それこそが唯一無二の条件。
空理空論では、人を動かすことは出来ないよ!ってことですよね。

では、どのように語るのが良いのか?
以前、ブックライターの【上坂徹】さんが講演で仰っていたことを思い出しました。
「小学生の作文って、全然伝わらないじゃないですか?なんでだと思いますか?
それは、楽しかった、美味しかった、きれいだった。
などなど、「形容詞ばかり」だからなんですよね。だから、情景が伝わらないから。心が動かない。

例えば、
どんなシチュエーションで、どんなものを食べたのか?
どんなお店だったのか?内装は?外装は?店員さんと話したことは?
などなど、具体的なファクトが何一つ書いていないからなんですよね。
リアリティがないから、読んだ人は情景が浮かばない。だから、心が動かされない。話す(書く)のが上手かどうか?はここで決まるんですよね。
逆にいえば、ここさえおさえられれば、伝わる語り(文章)が出来る。」
まさにその通りですよね。聞いている人が「手触り感」を持てるようにする。
自分の目で見て、感じて、「リアリティをふんだんに盛り込んだ」語りをすれば、話が伝わるようになる。
間違っても、
「中田さんの話ってさ、「まるで、小学生の作文みたいだね」全然リアリティがないからワクワクしないんだよね。薄っぺらくて、ツルツルしている」
なんて、せっかく「物を」見たにもかかわらず、言われないように。
空理空論を振りかざさないように、現場主義で行きます。

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