「真夏のミミズ」にはなるな!

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令和2年葉月12日  今日もクルクル通信713号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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今朝、いつもの散歩道を散歩していると、歩道の両脇にある柵にかなりの数の蝉のぬけがらを発見しました。

おそらく50メートル以内に20匹分ぐらいありました。

確かにそれぐらい一晩で羽化していても不思議ではない、割れんばかりの蝉の鳴き声。

ついこの前までは、カエルにびくびくしながら同じ道を歩いていたとは思えません笑

もうすっかり夏ですね。

これだけの蝉の鳴き声を聞くと、ついつい

やがて死ぬ、けしきは見えず、蝉の声

という、松尾芭蕉の俳句が思い出されます。

こんなにも夏を彩ってくれる、蝉の一生はわずか1週間らしいですからね。

なんとも儚いものです。

確かに抜け殻に交じって、蝉の死骸もありました。

一生懸命生きねば。

 

若干感傷的になりながら歩いていると笑

歩道に大量のミミズの死骸が転がっていることを目撃。

こちらは100メートルぐらいに30匹はありました。

これまた儚く一生を終えてしまったようですが、死因はどう見たって日差し。干からびていましたからね。

恐らく歩道を挟んだ向こう側の土へ移動しようとして、その日差しと地面の暑さに耐えきれず、一生を終えてしまったといったんだと思われます。

ミミズの生命力がどれくらいあるか?

暑さにどの程度弱いのか?

も知りません。

この真夏の「歩道越え」がどの程度彼らにとってのビッグチャレンジだったのか?

も分かりません。

ただ、このおびただしい数の死体を見るに、彼らの能力を超えたビッグチャレンジだったのでは?と思わざるを得ません。

そんなビッグチャレンジをいつも匍匐前進で行ってしまったら、そりゃきついよね?って思ってしまいます。

超不謹慎ですが、この姿を見ていて、

ビッグチャレンジやイノベーションにおいては、「大きく取り組むべし」ということを思い出しました。

イノベーションにおいては、しばしば「水たまりジャンプ」や「崖越え」が例え話として使われます。

普通、水たまりがあった時に、大きなジャンプでひとっ飛びで超えますよね。

仮にこの水たまりが直径1mだったとして、ギリギリの1mジャンプはしないですよね。余裕を持って遠めに飛び越えますよね。

間違っても、2,3歩で刻むことはないでしょう。

同じように、イノベーションだったり、新しいチャレンジは、今の世界から新しい世界に向けて、その間にある、断絶=谷や崖を超える必要がありますから、

思いっきりジャンプの一択です。

そこを刻んで渡ろうとか、ましてや匍匐前進で超えようなんて人はいませんよね。

でなければ、崖に落ちて死んでしまいますからね。

「やる時は徹底的にやる心構え」が必要なのです。

今朝目撃したミミズにとっても、この真夏の歩道越えがビッグチャンレジだったとしたら、この時ばかりは通常の1.5倍速あるいは、2倍、3倍速で全力で渡り切ることが必要だったんですよね。

どんなに苦しくても渡り切るしかなかったのです。中途半端だと命ごと持っていかれてしまいますから。

それができないんだったら、チャレンジしない方がよっぽど良いのです。

そもそも、ミミズに倍速の匍匐前進が出来るのか?は分かりませんが笑

あくまで比喩です。

 

新しいチャレンジやイノベーションを狙うなら、全力ダッシュ&全力ジャンプ。

下りのエスカレーターを逆走して、上まで登り切るかのように全力ダッシュで一気に行くしかありません。

途中で休んでる余裕なんてありません。休むなら登り切ってから休むしかないのです。

狙うのが「改善」であれば、半歩ジャンプでも、ダッシュ&休憩のコンビネーションでも構いません。

でも、ビッグチャレンジは、それではダメなのです。

大胆に、思いっきりやるのです。

ヘレン・ケラーの言葉を借りれば、

人生は思い切った冒険をするか、何もしないかそのどちらしかない。

のです。

「真夏のミミズにはなるな!」

やるならビッグジャンプなのです。
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【今日のうねり】
ビッグチャレンジは、ビッグに行くしかない。
崖を匍匐前進で渡らないように、そのチャレンジに潜む断絶を乗り越えるには、ビッグジャンプしかないのだ。
中途半端ならやらない方がよい。
ヘレン・ケラーの言葉を借りれば、「人生は思い切った冒険をするか、何もしないかそのどちらしかない」のだ。
やる時は常に、ビッグジャンプ。「真夏のミミズにはなるな!」と言い聞かせるのだ。