「スライディングドア」な女性が気づかせてくれたこと

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令和2年葉月15日  今日もクルクル通信716号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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今朝、電車に乗ろうと駅の改札に向かっていた時のことです。

後方からヒールの甲高い音と、「ゼイゼイ」という息の切れた音が聞こえてきました。

思わず振り返ると、案の定、すごい剣幕で女性が走って来ていました。

右手には日傘で、左手にはスマートフォン。

当然のことながら、彼女が最速で電車に乗れるように道を開けました。

ところが、モバイルSuicaがうまく作動しなかったのか?

作動したけど残高がなかったのか?

勢い余って「線デ」(線をはみ出す行為)をしてしまったのか?

分かりませんが、自動改札機で差し止められてしまいました。

その後も運悪く、何度もスマホをかざしているが、一向に前に進むこと出来ませんでした。

やっと、改札機を突破するも、残念ながらお目当てと思しき電車には間に合いませんでした。

呆然とそこに立ちすくむ彼女。

その後ろ姿を見て、ふと、その昔、<スライディングドア>という映画を見たことを思い出しました。

ディティールはすべて忘れてしまったんですが、

地下鉄を乗り過ごした、主人公と、それに間に合った主人公の二つの物語がパラレルに進行していくという物語だったことだけ覚えています。

 

そして、もうひとつ思い出したことは、<27対7のゲームメイク>というトム・ピーターズの話です。

以前もブログで書きましたが、再掲すると、

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フットボールの試合はボールがイレギュラーバウンドしたり、審判の誤ったコールがあったりして、最後の30秒で逆転負けすることがよくある。

けれども、「バウンドが悪かった」とか、「ボールを置く位置が悪かった」とか言い訳するのを聞いても、私は同情しないことにしている。

もし27対7の大差でリードしていたら、ゲーム終了の30秒前のファンブルしようとも結果は変わらなかったはずだ。

こうしてよく考えてみると、全てが27対7のリードをすることに尽きる。
いつも些細な事を最優先させるように心を刻んでおけば、一か八かの大勝負。運任せの決戦に追い込まれずに済むはずだ。
(抜粋)
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です。

あの女性が、どんな理由があって、全力ダッシュをしなければならなかったのか?は分かりません。

寝坊してしまったのか?

準備万端だったけど、直前で腹が痛くなってしまったのか?

時間を間違えてしまっていたのか?

忘れ物をして、取りに帰っていたのか?

でも、この話に倣えば、常に前倒して行動をしていれば、こういったことは起こらなかったよね。という話です。

これこそ、「人の振り見て我が振り直せ」なので、その女性には本当に申し訳ないのですが、

いつも些細な事を最優先させるように心を刻んでおけば、一か八かの大勝負。運任せの決戦に追い込まれない

んですよね。

 

ピータードラッカーは、

今日は常に昨日の決定や行動の結果である

とも言っています。

確かに目の前で起こった出来事だけを刹那的に切り取って、

直前の因果だけを追う

という考え方もあるかもしれません。

でも、一方で、

今、目の前に起こっていることは、全て過去の行動の集積によって起こっている

という考えで、生きていれば

「まあ仕方ないよね。これも、今までの行動の結果だから。全部自分のせいだよね」

って思えると思うのです。

合わせて、

「どこが悪かったんだっけ?治すとしたらどこだろうか?」

という自問自答も、セットで生まれますから、その場で振り返りもするようになります。

間違っても、「なんでこの自動改札機は読み取れねえんだ、ふざけんな!」ってスマホをかざしまくるってことはしないですよね。

このドラッカーの、

今日は常に昨日の決定や行動の結果である

ということを胸に刻んで日々の生活を送ることができれば、

自分でコントロールできることは何か?

どこまでなら自分でコントロールできるのか?

という、自分の出来ることとその範囲が自分で分かるようになると思います。

逆に言うと、

自分の出来ないこととその範囲も分かるようになります。

これって、超大きいことですよね?

これが分かってさえいれば、不都合が起こったとしても、それを分解して考えることが出来るようになりますからね。

自分の手の届かないこと。どうしようもないことも明確になるから、

他責思考になんてなりようがない。

自然と自責思考になれると思うのです。

何か不都合が起こったら、全部他人の責任にする思考を他責思考

その逆で、全部自分の責任だと思う思考を自責思考

自責の人でありたいよね。

ということをこのブログで何度も書いてきました。

今日、これを書きながら、自責になる一番良い方法は、ドラッカー

今日は常に昨日の決定や行動の結果である

って、胸に刻むことなのではないか?

と思ってしまいました。(と言うか、それに気づいてしまいました)

毎度、「言うは易く行うは難し」なのですが、実践します。
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【今日のうねり】
今日は、常に昨日の決定や行動の結果なのだ。
これを胸に刻める人は、自ずから、自責の人になるのだ。
なぜなら、これが沁みついている人は、
自分のできることとその範囲を明確に分かるようになるから。逆に言えば、自分の出来ないこととその範囲もわかるのだから、他責になりようがないのだ。

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