「私の世界」も月まで拡がる?

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令和2年葉月19日  今日もクルクル通信731号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日2020年8月18日で、このブログを書き始めて丸2年経ちました。

719号と書いてしまっていましたが、確かに第1号は2018年8月18日に書いていますので、完全なカウントミスです。

今日は731号になります。

1年前の記事も確認すると、既にカウントミスをし始めており、「なぜ、その時、気づいていなかったのか?」自分でも分かりません。

この一年は、ミスなく1095号にたどり着けるように、号数カウントも頑張ります笑

 

振り返ってみると、この2年間1日も欠かすことなく続けたことはこれ以外に一つもないように思います。

「朝の洗顔&歯磨き、夜のシャワーはやっています」と言いたいところですが、

2019年の冬に、一回だけインフルに罹り、たぶん、その時は、これをやらなかったので、本当に、このブログだけと言えそうです。

この1年間で言えば、発熱も一度もないので、朝の髭剃り、歯磨き、シャワーと並ぶ、代表的な「習慣」と言っても良さそうです。

この2年間でいろんなことを書いてきました。

例えば、

コミュニケーションのこと

営業のこと

戦略のこと

広告宣伝マーケティングのこと

人間関係の築き方

仕事に対する姿勢や向き合い方

日々の習慣のこと

意思決定のこと

自慢の先輩や友人のこと

加圧トレーニングのこと

比喩表現のこと

などなど。

日々の生活を通して、「!!」(ビックリマーク)「!?」(クエッションマーク)が点灯したことを中心に気づいたこと、感じたことを書き続けてきました。

ただ、書くことができるテーマも内容も。その深さも精度も、表現できることも点でバラバラです。

でも、それは仕方ないですよね。

昨日も書いたように、哲学者ヴィトゲンシュタインの言葉の通り、

私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する

なのですから。

その濃淡がテーマごとの私の世界の限界を示しているのです。

厳密に数えたわけではありませんが、おそらく、コミュニケーションや営業。仕事の姿勢や習慣あたりのテーマはほかのテーマに比べてボリュームが多かったと思います。

手を変え品を変え、何度もこのテーマを書いているとしたら、それは、「分けること」ができているということでもありますから、

分かっていること=自分なりに深く理解できているテーマなのだと思います。

そのテーマを一つ一つ、同心円状に等間隔に、理解度の高低に合わせてプロットして、それをつなぎ合わせると、

デコボコの図形が出来上がります。

それが、何角形なのか?は分かりませんが、それが

私の世界

と言っても良いのかもしれません。

戦国武将の領土みたいなイメージでしょうか。

書き始める以前と比べて、この世界がどれくらい広がったのか?はぶっちゃけわかりません。

でも、とてつもなく広がったことは間違いないでしょう。

そもそも、言葉に表すことをしてこなかったのですが、

「私の世界はなかった。領土ナシ状態」だったのかもしれませんが笑

まだたったの2年ですが、ここからさらに、2年、5年、10年と書き続けて行ったら、

その世界がどれだけ拡がっているのか?

それがどんな形をしているのか?

全く想像もつかないのですが、その世界の拡大を楽しみにしながら、これからも書き続けていきたいと思います。

はからずとも、同じくらいのタイミングから始めた、加圧トレーニング。

こちらは、「目に見える形で」明らかに成果が出ているので、良いなとも思います。

見えるということは実感できるので。

一方で、この言葉の世界は、可視化や数値化が出来ないから、実感がしにくいんですよね。

まあ、簡単に目に見えないから、簡単に手に入らないから、なおさら良いとも思うようにもなりましたが笑

微差の積み重ねは絶対差を生む

ローマは一日にして成らず

千里の道も一歩から

これからも、「亀の歩み」を大切にしていきたいと思います。

0.08ミリのA4用紙も

26回折ると、その厚みは地球一周分。

43回折ると、それは月まで届くようです。(70万キロメートル)

あくまで、理論上の話で、実際に「目に見える形」に出来るかどうか?は分かりませんが…

目に見えないという話で言えば、「私の世界」も同じです。

でも、確実に拡がるもの。

毎日言葉にすることによって、「私の世界」の限界を月まで届くように拡げて行きます。
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【今日のうねり】
私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する
のであれば、毎日書き続けることによって、人は自分の世界を拡げることができる。
テーマごとに書けること、書けないことがあるはずだ。
でも、その濃淡の差が、そのテーマにおける自分の理解度の差であるだけで、
そもそも書くからこそ、それに気づくのだ。
言葉にし、理解を深め、世界を拡げるのだ。