その昔、「年功序列のバンザイ」人間でした。

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令和2年9月5日  今日もクルクル通信748号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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「立場が人を作る」について、昨日書きましたが、今日も続けます。

立場。会社においては役職になりますが、この手の話で、しばしば登場するのが、年功序列制度です。

その制度を議論したいというわけではなく、ここではただ単に、

年次が下の人間を先に昇進させて良いのか?

歳下が歳上の上司になって問題があるのか?

について考えたいだけです。

確かに年功序列制度においては、これらは基本ナシですが、

年齢なんてどうでもいいのではないでしょうか?

と私は思っています。

仮に年下が、年上の上に立つ場合、そこで唯一求められる条件があるとしたら、

年長者には敬意をは払うこと

だと思います。

それさえ、ありさえすれば、あとはどうでもいいのではないか?

と考えています。

そんなことを言いながら、昔の私は体育会系の「年功序列のバンザイ」人間でした。

例えば、後輩は先輩に常に敬語。タメ口なんか絶対ありえないし、上下関係を絶対だと思って生きていました。

でも、先に書いたように

「年齢なんか関係ないよ」

ということを教えてくれたのもやっぱりスポーツでした。

中でも、大学から始めたラクロスがそれを教えてくれました。

私が所属していた慶應ラクロス部では、大半の部員は、高校からラクロスをやっている経験者です。

私のような大学から始めた人間は、スタート時点で既に彼に対して、3年のビハインドがあります。

しかも私は1年浪人していました。

当たり前ですが1年後には、後輩が入ってきました。

で、この一個下の学年が、めちゃめちゃ上手い奴揃いだったんですよね。

まさに「ゴールデンエイジ」で、入学と同時にレギュラーという人間が複数いました。

一方、私は、一軍どころか、三軍というか、大学スタート組に所属していました。

そんな後輩たちとは、天と地のほどのラクロスの実力差がありました。

当たり前ですが、スポーツ組織におけるルールは、

勝利に貢献ができる人間が試合に出る。

これです。

勝利を重ね、日本一を勝ち取る。これが組織の目標でしたから、

勝利に貢献さえできれば、年齢なんて関係ないのです。

スポーツの世界においては、これが当たり前ですよね。

ところが、それまでやってきたサッカーでは、この手の経験をしたことがなかったんですよね。

つまり、「ライバルが後輩になる」なんてことは経験はしたことはなかったですから。

どちらかといえば、先輩からレギュラーを奪っていましたから。

年齢が二個下の人間が、圧倒的に自分より実力がある。

この如何ともしがたい、でも受け入れざるを得ない現実に直面した時に、考えたんですよね。

「いやー、これ、かなり無理ゲーだな。やめるか?」

「でも、ここであきらめるの?まだ始まったばかりだよ」

どっちなの?

って。

続けることを選択をした時から、多分年齢なんてどうでもよくなったように思います。

実力が全て。

試合に出るためにもっと上手になるしかありません。

上手になるためには、上手な人から教えてもらうことが一番です。

なので、バンバン後輩に教えを請いました。

わかんないことがあれば、めちゃ質問したし、

できないことがあれば、どうしたらできるようになるか?もたくさん教わりました。(そのための時間を作ってもらいました)

結局、たいして上手にはならなかったですが笑

でも、本当に良い経験でした。

勝利に貢献できるベストなメンバーがフィールドに立つ。

少なくとも、スポーツにおいては、これが絶対のルールだと身に染みるほど学ぶことが出来ましたから。

そして、このルールは、スポーツにおいては一般的に理解されていると思います。

ところが、不思議なもので、企業に入ると、このルールよりも、年功序列が一般的になり、実力よりも年齢が優先されることが多いんですよね。

このスポーツ的な実力主義が持ち込まれそうになると、

「いやいやー。とは言ってもさ、〇〇君はまだ若いから、時期尚早だ。それよりも△△君の方が、経験もあるから」

みたいな感じで。

その制度の良いところがあることも分かっているつもりではありますが、やっぱり個人的には、

組織を「勝利」に導く力があるかどうか?

が評価軸の中心になるべきだと思うのです。

もちろん「勝利」の定義が組織において異なりますので、単純に「仕事がデキる」ことが評価になるわけではありませんが。

仮にこれを評価軸に据えた組織運営を、「実力主義」と呼び、年上上司が発生するとしたら、その彼に求められることは、

年長者に対する敬意を払う。

これに尽きると思います。繰り返しになりますが。

なぜなら、年を重ねることによってしか学ぶことが出来ないことが人生には多々あるからです。

それを「年の功」と呼ぶだと思いますが、そこには、年下には決し得られない、生きる知恵が詰まっていることが多いと思うんですよね。

これは「仕事がデキる」とは全くの別軸の力だとも思っています。だから、敬意を払うべき。

逆にこれさえあれば、年齢なんて関係ない。

勝利に導ける人間は上に立てば良いと思うのです。

そして、年齢に関係なく、学ぶべきことがある人にはガンガン教えを請えばよいのです。

我以外皆我師なり

という言葉がありますが、

この精神を大切に、年上?年下?なんてことは関係なく、貪欲に学び続けて行きたいと思うのです。
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【今日のうねり】
スポーツも仕事も実力主義であるべきだ。
組織を勝利に導く力がある人間が組織の長になるのが良いのだ。
そこには年齢なんて関係ない。
でも、忘れてはならないことは、相手に敬意を払う。これだ。
特に、人生には歳を重ねることでしか分からない生きる知恵=年の功があるから。
特に年長者の経緯は忘れてはならない。
我以外皆師なりのを心に貪欲に学び続けるのだ。

 

 

目的は何か?目標は何か?

その北極星さえ見失わなければ、

やり方も方法論はどうでもいいと思うのです。

年齢なんか関係なく互いに人として敬意を払えば良いのだと思うのです

その昔、「年功序列のバンザイ」人間でした。」への1件のフィードバック

  1. 中田様
    「敬意を払う」
    心に刻みます。
    ありがとうございます。

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