本は、自分の成熟度を測る、「リトマス試験紙」でもある。

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令和2年9月13日  今日もクルクル通信756号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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「あれは、マジで危険だから手を出さない方がいいですよ。面白すぎるんで」

「もうすぐ終わるはずだから、もし読むとしたら、終わってからですね」

「寝不足必至」

数多くの人から、「勧められているのか?勧められていないのか?」良くわからない、リコメンドを受け続けてきた漫画があります。それは、

進撃の巨人。

あろうことか、昨夜手を出してしまいました。

禁止されればされるほど興味が湧いてしまうのは、人の性。

そんな「カリギュラ効果」に見事にはまってしまいました。

トリガーになったのは、Amazonの「1巻~3巻無料」というベタな広告です笑

でも、ベタが効くんですよね。

ちょうど読み進めていた小説が読み終わりそうだったので、

「一服」なんて、1クリックしてしまいました。

まだ言われるほど、「ドハマリ」はしていません。

一晩で、4巻までしか読んでませんから笑

 

てか!

このブログを書こうと、今、「進撃の巨人」をググったら、

まさに、私が1クリックしたその日、9月9日にスタートを切った、

全巻99%OFF

という目を疑うようなキャンペーンを発見してしまいました。

しかも、既にキャンペーンは終了笑

実は私、同じ9月9日に、「どうせ、読むんだから」って

大人買いしていたんですよね。

一体、どんだけタイミングが悪いのでしょうか。けっこう、心が折れました笑

 

気を取り直して、書き進めます。

この「進撃の巨人」は、10年ぐらい前に途中まで読んだことがありました。

「これ、ハマりそうだな」と思って、当時もやめていました。

確か3~4巻ぐらいで止めたはずです。

ただ、当時の記憶もほとんどないんですが、改めて読み直して、真っ先に思ったことは、

これって、正常性バイアスの話?

ってことです。

「この100年間起こっていなかったんだから、もう起こらないだろう」

「この5年間も巨人から攻め込まれていないから、大丈夫だろう」

って、思った矢先に、それが起こる。進撃の巨人ってこれですよね。

正常性バイアスそのものじゃないですか。

起こりもしないことが起こる。

今回のコロナのことを思い起こさせられたり…

あるいは、

アルミンのセリフ、(ネタバレになるので詳細書きません)

「我々の認識なんてどうだっていい。事実を見ろ」

ってのが、バイアスの話に聞こえたり。

当時、ざっくり抱いていた、「巨人が攻め込んでくるバトルモノ」という印象とは、既に全く別なものを抱いております。

漫画の内容は変わっていないのですから、この変化は、そのまま私の内的変化。と言えるのかもしれません。

 

研ぎ師の世界には「位負け」という言葉があります。

研ぎ師が、名刀を目の前にした時に、

「これを自分が研いで良いのか?」

と自らに問いて、「ダメだ。まだ自分にはできない」と思って、引き下がる。

これを「位負け」というそうです。

刃物は、一度でも二流が研ぐと、それに見合った、二流のクオリティーになるそうです。

そして、一度二流となってしまった、刃物は二度と、一流には達しないそうです。

なので、名刀は名人しか研ぐことが許されない、そんな世界だそうです。

 

実力が拮抗した者同士にしかわからないことがある。

物事の出会いはタイミングがある。

これも、「位負け」の意味だとしたら、

本との出会いにも、この「位負け」があるのではないか?

そんなことを思います。

「素晴らしいから!」って、激リコメンドされた、本を買ってみる。

でも、実際読んでみると、

何が良いのかわからない?その素晴らしさが分からない。

価値を感じることが出来ない。

そんなことって、結構ありませんか?

最後まで、読み切ることもできず、途中で挫折した本ってありませんか?

少なくとも、私は今でもけっこうあります。

でも、そうなったときに、

「つまらなかった」

「意味が分からなかった」

「全然、良い本じゃなかった」

と言うことがあったら、

それは「違う」って思うんですよね。そうではなく、

「位負け=まだタイミングではなかった」

だけ。って思った方が良いと思うのです。

書籍が悪いのではなく、自分がそれを受け入れるステージに至っていないだけ

とも考えられるのです。

実際、「名著」と呼ばれるものを読んだって、

「これ、何が面白いのか全然わかんねえ」ってこと、いっぱいあるじゃないっすか。(映画でもありますよね)

例えば、夏目漱石の「こころ」。

1914年に朝日新聞に連載され、大人気となった国民的小説ですが、

初めて読んだ時は、「何が面白いのか?」全く、わかりませんでした。

おそらく中学生の時だったと思います。

ところが、大学生の時に読み直した時は、「これはおもしろいな」って感じました。

特に、最後の「遺書」はノンストップで読み切ったように思います。

ちなみに、この「こころ」。日本史上最も売れている本だそうです。

なんと、718万部!

 

他の例で言えば、

<考えるエンジン>の高松さんが、「名著だと言い続けていた」、<ライトついていますか>。

その意味がうっすらでも分かるようになったのは、ご紹介いただいてから5年以上後でした。

これも、「こころ」と同じで、最初は、「何がそこまですごいのか?」

全然ピンと来ていませんでしたからね。

 

このように、読書においても、

その書籍のメッセージを理解する状態に読み手が至っていない。

「位負け」ってのが、ありそうです。

それは、知識や経験。タイミングなど、色々な条件によるものだと思います。

ただ、刃物と本が違うのは、

何度でも読むことが出来るってことです。

ダメだったら、またどこかでトライすれば良いだけ。

それまでに、沢山の経験を積んで、文脈拡張に勤しめばよいのです。

特に、名著と言われるものは、読むたびに気づきがある、本質的な何かがあるのだと思いますから、

折に触れて、読み直してみるのが良いのです。

本は、自分の成熟度を測る、「リトマス試験紙」ともいえるのかもしれません。

まずは、進撃の巨人を丁寧に読み込みます笑
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【今日のうねり】
「位負け」は本にもある。
それが、研ぎ師の世界と違うのは、本は何度でも読み込むことが出来るのだ。
もし、「名著」と呼ばれるものを読んでも、自分が読み進めることが出来なかったとしたら、それはまだ自分がそれを読むステージに至っていないというだけのこと。
次のタイミングに向けて、日々の文脈拡張に勤めれば良いのだ。
本をリトマス試験紙のように活用する。それもアリなのだ。

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