「エレファントシンドローム」と「ギブス」。枠を超えるための「壁外調査」

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令和2年10月5日  今日もクルクル通信777号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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「エレファントシンドローム」という症状があります。

これは次のような話から名づけられているようです。

子供の象の足に鎖を付け、丈夫な木に繋いでおきます。

最初、その子象は必死に逃げようとするものの、やがてそれを諦めてしまいます。

それを経験した象は大人になってからも、細い木に繋いでおくだけでも逃げようとしなくなります。

本来の象のパワーを考えれば、そんな細い木などぶっちぎって、ガンガン動き回ることができるはずです。

それにもかかわらず、その鎖の範囲内しか動くことできないそうなのです。

このようなことから、

1度植え付けられた限界に縛られてしまうこと。そして、その限界は簡単に取り除くことができない。

この症状を、「エレファントシンドローム」と呼ぶそうです。

そもそも、これはインドなどで象を調教する時に使っている手法だそうです。

同じような話で、「飛ばないノミ」というのもあるようです。

ノミは途轍もないジャンプ力があるらしいのですが、一旦、そのノミにコップで蓋をしてしまう。

当然、コップに入ったノミは、コップの高さまでしか飛ぶことができません。

しかし、コップを取った後でも、コップの高さまでしか飛ばないそうなんです。

人は一旦枠にハマってしまうと、その枠がなかったとしても、それに囚われ、抜け出すことができない。

どちらも、そんなことをメッセージとして含んでいるように思います。

 

今朝目覚めた時に、よくわからないんですが、

この「エレファントシンドローム」と骨折した時にはめる「ギブス」って、一緒じゃね?

って思いました。

「象の鎖」と「骨折のギブス」は取り付ける理由は異なるとはいえ、

一度、行動範囲を限定されてしまうと、それがなくなった後でも、そこから抜け出すことができない

という観点では同じだと思ったんですよね。

 

これまで私は、大小含めて4回ほど骨折をしましたが、その度にギブスをはめてきました。

だいたい2か月後くらいでしょうか、骨がくっついた後にリハビリが始まります。

その該当箇所(私で言えば、手首や腕など)が、ギブスの形状通りに固まってしまっている。

見事にそこから動かないんですよね。

セメントで肉体までも固められてしまったのではないか?

って思ってしまうほどです笑

力を入れたって動かないんです。

そんな状態だから、外から力を加えてもらって、無理やりでも動かさないと、動くようにならないのです。

んで、この時の痛みが痛いのなんのって。

経験した人はわかると思いますが、尋常じゃないですよね。

絶叫するほど痛いんです。

リハビリ当初はそれほどの痛みを伴っても、ちっとも動かなかった身体が、これを繰り返しているうちに、徐々に動くようになってくる。

やがて、自分の意思で、以前と変わらないように動かすことができるようになります。

リハビリは、

自分の固まり切ってしまった身体の可動域を強制的に広げる

という行為なんですよね。

このようなにギブス後であれば、リハビリによって、可動域を拡がるということは分かりやすいです。

それに比べると、分かりにくいですが、

実は、人間って、何もギブスがなくても、自分の日常生活という枠で、可動範囲を限定してしまっているのではないか?

って思うのです。

良い意味でも、悪い意味でも代わり映えのしない、日常生活。

そこで、生活の姿勢や癖。日々取っている行動によって自分の可動域も自ずから固まってしまっていると思うのです。

その意味で言えば、

「いつもの毎日」という鎖で縛られてしまっている

と言い換えても良いのかもしれません。

別に、それに縛られていることが悪いことだとも全然思いません。

でも、もし、それを変えようとするならば、骨折後のリハビリのように、強烈な痛みと抵抗が自然と生まれるんですよね。

なぜ、そんなことを思ったのか?といえば、

ヨガをやるようになったから

だと思います。

ほんと、笑っちゃうくらい、可動域が狭いんですよ。

その狭さを生んだものは何か?と言えば、

私の日常生活。私の毎日です。

何十年にも渡って、その枠の中で最適化された、身体の動きがそれを生んだんですよね。

そこに、お試しでヨガという新しい刺激を投入し始めました。

もはや、リハビリみたいなもんですよ。この固まり切った体にとっては笑

その刺激のおかげで、少しずつ、可動域が広がり始めている。

今まで、動かしてこなかった方向に体を動かすことができ始めました。

やって、ほんの少しだけ分かりましたが、身体の可動域は広い方が良いですね笑

もちろん、可動域が広い方が良いのは、身体だけではありません。

頭も同じです。

身体と同じように、頭も、日常生活という枠で最適化されているんです、きっと。

身体であれば、可動域の狭さってのは容易に分かります。

例えば、前屈とか長座をやれば、何となくわかるじゃないですか。

でも、頭のそれは見えない。

見えないけど、確かに、枠がある。

それは出会ってきた人の影響でも、

所属してきた組織(家族、学校、部活、会社など)の影響でも、

読んできた本の影響でも、

見てきた景色の影響でもあるでしょう。

ありとあらゆる経験がそれを作っているのでしょう。

 

その頭、思考を定期的にアップデートしていきたい。

凝り固まらないように、定期的に刺激を入れて、ストレッチをさせたい。

可動域を広げて行きたい。

と思うのです。

そのためには、できる限り外に出ていく。

自分の「当たり前」を壊すべく、未知との出会いを求めて動き回るのです。

進撃の巨人>じゃないですけど、「壁外調査」をするのです笑

「自分の枠」という壁を乗り越えて、「壁外調査」をするのです。

そこで出会ったものを「駆逐する」のではなく、受け入れることで、身も心も可動域を広げて行くのです。
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【今日のうねり】
人は誰もが、自分の日常と言う枠に縛られている、「エレファントシンドローム」だ。
物理的な身体の可動域であれば、簡単に気づくことができるが、これが頭(思考)となると、気づくことが出来ないから怖いのだ。
でも、縛られているということさえ、意識ができていれば、外に出ようとするものだ。
当たり前をできるだけ壊すべく、自分の枠という壁を乗り越えて、身も心も壁外調査をするのだ。
それによって、身も心もストレッチが効いた柔軟なものになっていくのだ。

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