この体は、下手っぴな紙飛行機みたいだ。

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令和2年10月16日  今日もクルクル通信788号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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ヨガを始めて1ヶ月が経ちました。

初めてやったときは、体だけじゃなくて頭も混乱しましたが、一か月で「犬」と「猫」。「鳩」もちゃんと区別できるようになりましたし、

新たに、「三日月」と「とかげ」が仲間入りしました。

この1ヶ月間、宿題は1日も欠かすことなくやっています。

その成果もあって、「三日月のポーズ」は人並みになってきました。

実際、直近のレッスンでは、

「中田さん、めっちゃいいじゃないですか!」

というお褒めの言葉も頂き、大変嬉しくなりました。

なかなか褒められることはないので、やっぱり褒められるのは嬉しいものです笑

この一か月でやってきたことは体が慣れてきました。

でも、「できなかったことができるようになる」と、新しい課題が付加されるのは世の常。

これは、仕事でも筋トレでも、勉強でも。ヨガでも。どんなことでも変わらないようです。

そして、その新しい課題を突きつけられた時に、

自分のそのしょぼさに愕然とするのも、どこの世界でも変わらないようです笑

先生が当たり前のようにやっているポーズがどうやったって、できない。

「同じ人間ですよね?同じ構造のはずですよね?」

何度もリアルに突っ込みましたが、できないものはできないのです笑

例えば、長座をしたまま、背筋を伸ばすことができません。自然と背中がまるまってしまいます。

その体勢を維持していると、腹筋が痛いです。股関節周りの筋肉が痛いんです。

後に手をついて、そこに体重を預けないと、長座ができません。

あるいは、

ねじりのポーズ

ができません。

足を反対側に持っていってくことは出来ても、持っていった足側のケツが浮いてしまいます。

てか、「お尻をつけてください!」と言われて初めて、ケツが浮いていたことに気づく始末ですが笑

もちろん、ケツをつけることは出来ません。

まあ、よくよく考えてみたら、日常生活において、「体をねじる」なんてことないですから、

普段やっていないことはできない。人間の身体はそうなっているのだ

と自らに言い聞かせます笑 そして、実際にそうだと思います。

日常生活という枠」を脱しないと、どんどん体のポテンシャルは閉じていってしまう気すらしました。

 

ヨガをすると、

「人間ってよくできた構造物だな」って感じます。

全ての骨が関節を結節点として、足の先から首まで綺麗に繋がっているから、「最も重い」って言われている、頭を支えることができているんですよね。

で、骨の周りにそれを支える筋肉がくっついている。その筋肉もまた、全てが連動しています。

腹筋と背筋も繋がっているし、ハムストリングと腸腰筋も繋がっている。

そのどこかでエラーが起こると、エラーが連鎖して、別のところでもエラーが起きるんです。

その小さなエラーの積み上げが大きなエラーを引き起こすことだってあるんですよね。

なんだか、この柔軟性のかけらもない、自分の身体が、ヘタクソな「紙飛行機」に思えてきました笑

「片岡鶴太郎」似だから、「鶴」でも良いんですが笑

とにかく不格好。まっすぐ折れていない。重ね合わせるべきところがきれいに揃っていないから、はみ出しまくっている「紙飛行機」みたいな。

一つ一つが丁寧に折れていないから、仕上がりが不格好になっている。

紙飛行機であれば、簡単に元の正方形に戻して、新しく折り直すことができますが、人の身体はそうはいきません。

折り紙じゃないんだから、全リセットなんてできない。

できるところから、最も大きなエラーから一つ一つ、立て直していくしかないのです。

そんなわけで新しい現実を突きつけられて、

「いやー、まじやばいっすね。絶望的な気分になりましたよー」

なんて口にしてしまいました。

すると、先生から

「大丈夫です、中田さん、必ずできるようになりますよ。まだ1ヶ月ですよ。私、20年やってるんですから。

今の宿題、まずは3か月毎日やってください!」

と、一言。

そう、全ては自分が長い年月をかけて積み上げてきたものの、結果でしかないのです。

でも、「今日と言う日は人生で一番若い日」なのですから、「今、気づいてラッキー!」って思ってやればよいのです。

大切なことは、

新しいことをやろうと思って、実際に動くこと。

行動した結果、一つできることが増えれば、新しい課題が見えてくること。

なんです。

とにかく、どんなことでも1歩を踏み出すから見える世界があるんです。

毎日、微差を積んでいくのです。
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【今日のうねり】
行動をするから、新しい現実に出会える。
これは、どんなことでも一緒なのだ。
だから、大切なことはウジウジ考えることではなく、行動をすることなのだ。
時に、新しい現実に心が折れることもあるだろう。でも、「それも全部自分の責任」と引き受ける。その先に真価があるのだから。
毎日、微差を積んでいくのだ。

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