「やり続ける」って、どこまでやりゃいいのよ?

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令和2年11月28日  今日もクルクル通信830号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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Amazonの返品体験が秀逸すぎたので、一日が開いてしまいましたが笑

一昨日のブログの続きです。

ここでは、恩師加藤先生の名言である、

「無知は罪」

「優しさは力の中にある。力なき優しさは、ただの同情にすぎない」

を紹介しつつ、「力」をつけるためには、優しくあるためには、学び続けなければならない。やり続けなければならない。

ということを書きました。

 

学ぶことも、やり続けることが大事なことはわかった。

としても、

一体どこまでやり続けたら、「やり続けている」って言えるのでしょうか?

 

ここで、ポイントになるのが、

何を「基準」にするのか?

ということだと思います。

まさに、水曜日のブログで書いた、木原さんの話もそうですね。

「スタミナ苑の当たり前が、外に出てみたら当たり前じゃなかった」ってことも、まさに基準が違ったってことですから。

言い換えれば、他の基準で見たら、超絶一生懸命やっていることが、「日本一基準」で見てみたら当たり前。どころか、やったうちに入っていなかった。

ってことです。

どうせ、最も大事な資源である時間を投資するならば、「これ以上ないよね!」って思える基準でやりたいじゃないですか?

その基準でやり続けることができれば、「やっている」と言えると思うのです。

だから「基準」が大事なのです。

 

では、「基準」はどうしたら身に付くのでしょうか?

基準の高い?低い?が分かるのでしょうか。

これは、自分一人ではどうすることもできない。分かりようがない。

なので、

「こりゃすげえや」って思わざるを得ない。とてつもない基準の人を見る。接する。その時間を増やす。これしかない。

というのが私の考えです。

「人間は鳥を見たから空飛べるようになった」

という話があるように、見たものは想像ができる。

見るからこそ、「どうにかなるんじゃないか?どうすればそれに近づけるのか?」って考えることもできますが、

見たことも触れたこともないものは、どうすることもできないんですよね。

やり続けるって言ったって、どこに向かって、何をどうやれば良いのか?まるで分からない。想像すらできないのです。

「真っ暗闇の中で20m先の的を射抜け」って言われているようなものなのかもしれません。

本数が無限にあったとしても、当たりようがないですよね。

祈るしかない。当たったとしても、文字通り「運頼み」です。

でも、一度、その基準となる目標物を見つけることができたとしてならば、その暗闇にポッと炎が灯った状態になる。

もちろん、初期の段階では、その炎は、20m先の全てが見渡せるような、巨大なものではありません。

ほんとに薄っすら灯った程度でしょう。

でも、薄っすらでも見えているか?見えていないか?は大違いなんですよね。

少なくとも、どこに的があるのか?が分かってくるのですから。間違った方向に矢を放つことはしなくなりますからね。

 

私自身、人生を振り返ってみても、自分が「こりゃ、すげえ」って心が震えた人を見て、その度に追いかけてきました。

加藤先生も。大学時代の慶應ラクロスの先輩方も。

電通やYCPで一緒に仕事をした先輩方も。

スタミナ苑のマコさんも。イルペンティートの生田さんも。

今、師と仰いでいる、鮒谷さんも。鮒谷さんの師匠である、高井先生も。

本当に「すげえ方々」とご縁を頂いてきたから、

どれくらいやり続ければ良いのか?

が想像がつくようになってきました。

それが凄すぎるから、いつも

「全然頑張ってないな。ショボいな」って思う。「もっとやらねば!」って常に尻を叩かれている気分になっているのです。勝手に笑

 

一方で、「お前の言ってる基準なんて全然大したことないから」という人もいるかもしれません。

先の話で言えば、そう言う人が、木原さんで、私が他の焼き肉屋ってその状態です。

確かにそういったこともあるかもしれません。

そうだったとしたら、それはそれで仕方がありません。

今の私の力がまだまだ足りていない。ショボい。

というだけの話ですから。

基準は、人との出会いによって生まれますが、その人との出会いは、今の自分の力に比例して生まれるもの

ですからね。

でも、常に「今」の自分に満足することなく、「もっと凄いものがあるんじゃねぇか?」て追い続け、やり続けてさえいれば、力もついていく。

力が備わってくれば、その時に最もふさわしい、「出会い」も訪れるのだと信じています。

その出会いによって、新しい基準が見えてくるはずなのです。

ドラクエとかFFで、「これがラスボスだ」って思っていたら、その先に、もっと強い裏ボスがいた。

みたいな感じでしょうか。

一生この旅は終わらないし、まさに「終わりなき旅」なんだと思います。

でも、「終わりなき旅」かどうか?を決めるのは、やっぱり自分自身なんですよね。

「もうここでいいや。十分だ」って決めれば、そこでそのジャーニーも終わるのですから。

だとするならば、

一番大事なことは、「もっともっと」って追い求める心持ちなのです。

(まさに、ミスチルの「終わりなき旅」の歌詞通り。凄いぜ、櫻井さん!笑)

 

今の自分はまだまだ、小高い丘。まずは高尾山。そして富士山。さらには、エベレスト。

それを目指す心持ちだけは忘れずに日々やり続けるのです。
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【今日のうねり】
学び続ける。やり続ける。どこまでやるのか?を決めるのは基準だ。
それがなければ、時間を投資しても意味がない。
基準とは人が与えてくれるものだ。だから、人との出会いが大切だ。
出会いは、自分の力に比例して訪れるものだ。
仮に、基準が低い人としか出会えていないとするならば、自分がショボいということだ。
でも、「もっともっと」を目指していれば、必ず自分の力もつく。それに合わせて、より高い基準の出会いが待っている。
大切なのは、いつもそれを追い求める心持ちなのだ。