それ、全部を説明しちゃったら、ダメでしょ!?

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令和2年12月19日  今日もクルクル通信851号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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「あの映画さー、セリフが多すぎんだよね。

全部を説明しちゃってる。

原作は面白いけど、映画としてはそうでもなかった」

先日、映画業界の友人が、話題の大ヒット映画、「鬼滅の刃」についてこんなことは言っていました。

「あとね、あの映画って、二部構成じゃん。あれもあんまり映画ではやらない。

例えば、「A24」が作った、「WAVES」も同じように2部構成。あれは、意図的に2部構成になっていてるからアリ。(しかも、超よく出来ている)でも、キメツは、原作からあの話を抜き出して、そのまま映画化しただけだよね。

映画用に脚本を書き換えたりすることも全くしてなかったし、なんで映画でやる必要があったんだろう?って思っちゃうんだよね」

(ちなみに、私は「A24」も知らなければ、「WAVES」も知りませんでした。「A24」は今、最も勢いのある製作会社の一つのようです。)

それはさておき、

プロってのは、こんな視点で見ているのか?

その視点は全くなかった!

と素直に思いました。

世界や視野を広げてくれる友人がいることに、毎度ながら感謝です。

実際、「鬼滅の刃」は、「ほとんどのことが説明されている」作品です。

例えば、登場するキャラクターが、過去の経歴も含めて細かく作り込まれています。それは、主要キャラだけでなく、敵の鬼も含めです。

なぜ、鬼が鬼を選んでしまったのか?

など。

そこまでの作り込みが、「ヒットの要因」の一つとも言われています。一方で、

「映画」においても、同じように説明されて過ぎているのはどうなのか?

それは良いのだろうか。

映画ってのは、

どんなメッセージを受け取るのか?どんな解釈をするのか?

それは見た人、人一人一人によって、違ってて良いもの。

むしろ、そういった余白があるから良いんじゃないか。

彼は、そんなことを言っているのかな?と私は感じました。

確かに、同じアニメ作品でも、例えば、「攻殻機動隊」も「エヴァンゲリオン」も「千と千尋の神隠し」も、説明されていない部分があり、見た人に解釈の余地がありますよね。

アニメに限らず、映画って、見終わったときに、「あれなんだろ?わかんねーな」って思って、自問自答が生まれる作品が、心に残ることが多そうです。

例えば、「鬼滅の刃」の前に劇場で見た、「テネット」もそうでした。

分からないところばかりだったけど、心に残っている、作品と言えば、「バグダッドカフェ」ですかね。

中学生の時に見て、ディテールは全て忘れてしまいましたが、「不思議な素敵な映画だった」という印象が今でも強く残っています。

かなり、大げさな解釈をすれば、

キメツは、「答えがそこにある作品」とも言えるのかもしれません。

誰が見ても感じようなことを受け取ることができる作品。

その分かりやすさが、今回のメガヒットの要因なのかもしれない。

彼の話を聞いて、そんなことを勝手に考えていました。

 

日本人は答えを求める傾向にある。

特に学校では、「答えがある」教育ばかりをしている。

一方で、社会に出たら、「答えがある」問題なんて存在しない。

でも、「答えがない問題」を突破する力を鍛えていないから、日本人はサバイブする力が弱い。

時折、そんなことを聞くことがあります。

その真偽は分かりません。

仮にそれが、真だとしたら、この「鬼滅の刃」という作品は、その日本人のこの傾向にドンピシャでハマったのかもしれませんね。

このまま行くと、日本で歴代トップの興行成績を収める可能性が出て来ているようですが、

こんなわかりやすい、語りすぎている作品がトップで良いのだろうか?

「日本の映画」という視点で物事を見ている人間は、そこに憂う気持ちがあるようにも感じました。

 

山口周さんは、

「「不」を解決するというビジネスの時代は終わった。

これからは、「役に立つではなく、意味がある」仕事が求められる時代になる。」

と言っています。

「鬼滅の刃」には十分楽しませてもらいましたが、

「分かりやすさ」や「答えのある」ことを追い求めるのではなく、

「意味」を求めたり、「やりたいという自分の気持ち=本能」に従って、行動しちゃっても良いんじゃないか。

異業種プロの視点に触れ、そんなことを思うのです。
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【今日のうねり】
異業種のプロの話を聞くことは大事だ。新しい視点を獲得することができるから。
映画は余白が大事。全てを説明することが良い作品ではないのだ。「答えがない」方が良いのだ。
それは、ビジネスも同じだ。「答えがない」問題を解くゲームなのだから。
日ごろから、分かりやすさを追うのではなく、意味を求めたり、自分の本能に従って生きるのが良いのだ。