「種の変更」と「心と体」の大掃除。

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令和2年12月28日  今日もクルクル通信860号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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一昨日、西野さんの「えんとつ町のプペル」を鑑賞しました。

この作品は、西野さんの「思想」が盛り込まれた作品

という印象を持ちました。

(ネタバレになりますし、映画がどうだったのか?ということが目的はないので触れません)

私は西野さんのオンラインサロンに入っているわけでも、

単独ライブに行ったこともある訳ではありません。

ただ、2016年に、彼の初めての書籍「魔法のコンパス」を読んで、かなり影響を受けました。

そこで、語られていたことの多くが、物語として、ここに込められているように感じたんですよね。

同時に彼がテレビの出演活動を中止して、絵本を書くようになった。

そこに、「深い、屈みこみ、潜り込み」があったからこそ、この絵本の大ヒット、そして映画化にたどり着いたのではないか?

って思うのです。

この映画を観る直前に、図らずとも、「潜る、屈む、跳躍する」というブログを書いていたので、

この週末、本棚から「魔法のコンパス」を引っ張り出してきてました。

この本にどんな影響を受けたのか?

それは、彼がこの書籍で書いていた、

今の自分ではない、何者かになる=「種の変更」が必要だった。

そのために、「一番便利な部位を切り落とす」という方法を取った。

その方法とは、「レギュラー番組以外のテレビの仕事をすべて断る」というものだった。

ということです。

その「種の変更」とは、「魚が鳥に変わるようなむちゃくちゃな話」と書いていました。

ちなみに、この決断をした、当時の西野さんは、「はねるのトびら」を経て、大ブレイク中。この番組はゴールデンで放送され、視聴率は毎週20%を超えていたようです。

この「はねトビ」ですが、私自身は、ど真ん中の世代ではなく、ほぼ見ていません。

ただ、wikiで見ると、錚々たるメンバーですよね。

当時の人気は何となく知っている程度ですが、

私にとっての「とんねるずのみなさんのおかげです」とか、「風雲たけし城」。あるいは、「めちゃイケ」みたいなイメージでしょうか。

 

詳細はこの書籍に譲りますが、西野さんは、「はねトビで」、20%を取るような大ブレイクをして、冠のレギュラー番組を何本も持たせてもらっていた。それでも当時の彼は、

スターになれていなかった。

売れない時代と見える景色が変わらなかった。

と感じていた。

このまま、同じことをやっていても、スターにはなれない。

では、どうしたらスターになれるのか?

そう考えて出した方法が、先に書いた、「種の変更」だったそうです。

ちょうど、テレビの仕事がなくなって、フラフラしている頃に、タモリさんに銀座のバーに呼び出されて、

「お前は絵を描け」

と言われた。それが、きっかけで絵本を描くようになったそうです。

(これは、有名な話ですね)

 

2016年、この書籍を読んだ私に、このエピソードと、本の帯に書かれている、

ドキドキしながら仕事をしてる?

というメッセージが痛く痛く、刺さりました。そして、問いかけたんです、

「ワクワク・ドキドキしながら仕事しているのか?」

って。

結局、これも一つの契機になって、翌年に電通をやめて、YCPに転職をしました。

結局、西野さんはタモリさんにこの話を貰ってから、4年半の月日をかけて、デビュー作である「Dr.インクの星空キネマ」という絵本を書き上げました。

それが、後の「えんとつ町のプペル」の大ヒットに繋がったんですよね。

4年半という膨大な月日を潜伏をし、屈み込んで、種の変更を成し遂げたんですよね。

確かに、西野さんは、この「種の変更」にあたって、テレビの活躍によって手にした、金銭的余裕があったとは思います。

とはいえです。

人気絶頂時に、こんな大きな決断をできるなんて、本当にすごいですよね。

週末に改めて、この「魔法のコンパス」を読んで思いました。

 

今日は12月28日。そろそろ大掃除に取り組む人も多いのではないでしょうか。

何かを切り捨てなければ、何かを手を入れることはできない。

満杯のコップに、新しい水を注ぐには、既に入っているものを捨てないといけませんよね。

部屋の片づけ、不要なものの処分といった「物理的な大掃除」はもちろんですが、

自分の認識や心の荷物の整理といった、「精神的な大掃除」も大事なのではないでしょうか。

来年以降より大きな跳躍を願うのであれば、なおさら。

そんなことを思うのです。
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【今日のうねり】
「種の変更」のような大きな変化をするためには、今あるものを捨てなければならない。
西野さん風に言えば、「一番便利な部分を切り取らなければ」ならないのだ。
満杯のコップに新しい水を注ぐには、すでに入っているものを捨てなければならない。
捨てるものは、物理的なものだけではなく、認識などの精神的なものもなのだ。
それが、新しい大きな「跳躍」、種の変更につながるのだ。