深夜にガラスを踏んで出血。Be prepared。

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令和3年1月3日  今日もクルクル通信866号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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部屋に鳴り響いた爆音で目が覚めた。

地震か?何かが衝突したのか?

辺りを見渡しても特に変化はない。

何か大きな物が落ちただけか。

再び床につく。

しかし、あまりにとっさに目覚めたので、なかなか寝付けない。

「とりあえず小便でも行くか」ということで、寝室を出た。

目の前に大きなビニール袋が落ちている。

「なんだ、落ちたはこのゴミ袋か」

それを避けるように一歩踏み出したとき、

「いてぇ」

何かを踏んだことに気づきました。

そこで、状況を理解しました。

落ちたのは、ビンやボトルなどの不燃ごみが入っているごみ袋。

その中の何かが割れて、飛び散っていたってことを。

とりあえず、「小便ファースト」で、忍足で、一歩、廊下に出ると、再び、

「いてぇ」

どうやら、破片が廊下にも飛び散っていたようです。

ここでも、運が良いことに、出血はナシ。

トイレで用を足し、今度はすり足で物置に直行。

掃除機を取り出し、「雑巾がけ」ならぬ「掃除機掛け」。

掃除機をかけては一歩進む。カメの歩みをしながら、まずは廊下を掃除しました。

ただ、当の私は眼鏡をしておらず、何も見えてはいません。

いつも以上に、慎重に丁寧に掃除機掛けを行いました。

リビングに戻り、妻と一緒に、事件現場のを確認しました。

といっても、何も見えない私は、妻の解説を聞くだけでしたが…

どうやら、ゴミ袋をぶら下げていた「S字フック」が重さに耐えられず&経年劣化で、折れて、ゴミ袋が落下したようです。

目が見えない私は、この事件現場では全く役に立たず、とりあえず、ベッドに避難することにしました。

ところが、眼鏡がある、枕元にたどり着くには、その現場を跨がなければなりません。

妻が一通り、掃除機をかけてくれた後、「大丈夫だろう」と一歩を踏み出すと、

「いてぇ」

ダメ元の一発が入りました。

今度は、微々たるものですが出血ありです。

人生初めてのガラス破片による出血。

いやー、痛いっすね。

忍者モノで、地面に手裏剣を刺しておく

とか、

童謡に、地面に栗を蒔く

みたいなトラップがあったと思いますが、

これは、本当に効果的な気がしました。動けないっすもん。

絆創膏をしてもらって、ベッドに入るものの、アドレナリンが出ていたのか?なかなか寝付けませんでした。

まどろみの中で、漠然と、

「ゴミ袋の落下でよかったな。これ、大型の地震だったら、シャレになっていなかったぞ」

そんなことが頭に浮かびました。

もし、これが首都直下型地震で、それこそ食器が食器棚から出てきて、ガラスが飛び散っているなんて事態だったとしたら、

ベッドから1歩も動けなかったですからね。

ベッドから1歩も出れなかったら、命も危ないです。

さすがに死ぬわけにはいかないから、どこかのタイミングで、1歩を踏み出すんでしょうけど、血まみれは免れません。

ということで、

ベッドの下に「安全靴」とは言いませんけど、室内用の靴を完備することにしました。

今やらないと忘れるので、

「いつやるの?いまでしょ!」の精神で、速攻やりました。

後は、どんな時でもまずはメガネ!眼鏡!

目が見えないと、ホントに危ないです。声明に危機に晒されます。

 

今後30年で、首都直下型地震の発生する確率は、70%

と言われています。

一方で、

「いやいや、そんなことは起こらないよ。大丈夫っしょ」

って人もいるかもしれません。

確かに、それならそれでもよいでしょう。

滅多なことなんて起こらない

という前提に立つのか?

あるいは、

滅多なことすら起こりうる

という前提に立つのか?

人それぞれでしょうから。

ただ、多くの場合、この手の出来事は起こってからでは手遅れなような気がしますから、

できる限り準備はしたいものですよね。

 

人生には上り坂。下り坂。「まさか」。という三つの坂がある。

なんて言われますが、

どれだけ、その「まさか」に対応できるのか?

それを想定することは難しいけども、できる限りの可能性の洗い出しと、それに対する準備はしておきたいもの。

Be prepared (備えよ、常に)

という言葉が、ボーイスカウトにはあるらしいです。

昨夜の出来事は、

「慎重に行けよ」

という、お天道様からのメッセージだと受け取りました。

例年以上に一つ一つを丁寧に歩んでいこうと思うのです。
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【今日のうねり】
人生には、上り坂。下り坂。まさか。の三つの坂がある。
特に、「まさか」は想定できないが、それが起こった時に、どの程度対応できるのか?
そこが大切。そのためには、可能性の洗い出し、それへの準備をできる限りするしかないのだ。
「慎重に歩む」これが一つの今年のテーマなのかもしれない。