【傾城に誠なしとは誰が言うた】落語に学ぶ誠の世界

インフルエンザの特効薬【ゾフルーザ】のおかげで熱は下がりました。
とはいえ、昨日一日はなかなか厳しい戦いでした。
いや、【インフルエンザ恐るべし】でした。
さて外に出歩けるわけでもなく、まだ活字をがっつり読める状態でもないので、久しぶりに落語を聞いてました。
実家にいた時は、毎晩【睡眠導入剤】として落語のCDを聞いていたのですが笑
愛用の【Amazon prime music】では、僕が当時聞きまくっていた、古今亭志ん生、柳家小さん、三遊亭圓生といった昭和の大名人。あるいは古今亭志ん朝や立川談志が入っていなかったので、リストの中にあって、現存する噺家で一番好きな【柳家さん喬】をいくつか聞きました。
もともと大好きなネタである、【井戸の茶碗】と【幾代餅】がありました。
いや、やっぱり最高でした。
【正直者であることの大切さ】というか、【正直者はバカを見ない】ということを教えてくれます。

【幾代餅】は、こんな話です。
つきごめや(搗米屋=玄米を白米に精米するところ)の清蔵という小僧が人形町で【幾代太夫】という花魁の錦絵を見て恋に患い、食事もできなくなる。
心配した親方が「1年間しっかり働いてお金を貯めれば会いに行けるぞ、俺が連れてってやる」と言い、彼は一生懸命働き、1年間で15両を貯金します。
実はこの主人が吉原にツテがあるわけではなく、幾代太夫に連れてってあげられないので、代わりにお医者さんに頼んで連れていってもらうことに。
ただ、つきごめやの小僧という身分では会ってもらえない可能性が高いので、野田の醤油問屋の若旦那という身分に偽ることになった。
無事に会うことが出来て、一晩お過ごした。
翌朝別れ際に、「次はいつきてくれるのですか?」と幾代太夫に聞かれて
1年間一生懸命働いて来年もう一回会いに行きます。ただ、その時はつきごめやの小僧という身分でも会ってもらえますか?実は私は醤油問屋の若旦那じゃないんです。それでもよいですか?
幾代太夫はその熱い気持ちに心を打たれて、「来年3月、私はここを出ていくので、そしたらあなたのお嫁さんにしてください。その証として、支度金の50両をお渡しするので、あなたが預かっていてください」
と言って、そこで解散となる。
実際、翌年来年3月に、彼女は、清蔵さんのところに来て2人は結婚。
そして、【お餅屋】を始める。そこのお餅が【幾代餅】と呼ばれるようになって、江戸中に評判になって大繁盛した。
という話です。
うーん、やっぱりいい話ですね。
文字ではなく、噺を聞いた方が圧倒的に良いので、興味を持った方は是非聴いてみてください!

【幾代餅】や似たような話の【紺屋高尾】の締めで
傾城に誠なしとは誰が言うた
と言うのですが、かっこいいですね。
調べてみると、これは浪曲の一節のようで、全体としては、
「傾城(けいせい)に真なしとは誰(た)が言うた 真あるほど通いもせずに 振られて帰る野暮な男の憎(にく)手口 」
のようです。いいですね。

昔から落語が好きなんですけれども、それは
人として大切なことが何か?それは古今東西変わらないものではないか?
ということを教えてくれるから。
しかもそれは、時にトンチ話だったり、人情話だったりといった笑いを絡めた娯楽だからなのかもしれません。
まだ数日この状態が続くと思うので、色々と聞き直していきます。

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