「既に、企画の段階で勝っています。ずるいほどに」って本当??

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令和3年2月1日  今日もクルクル通信895号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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先週から新しい試みとして、朝6時半から散歩をしています。

毎朝、散歩をしてはいましたが、2時間以上前倒しにしてみています。

僅か2時間ですが、実にいろいろな発見がありますね。

まず何よりも、朝日を浴びるのが気持ち良いです。

もちろん、外気の冷え込みは、9時前後よりは圧倒的にありますが、この気持ち良さには勝てません。

数日前は、東側に朝日を、西側に沈みゆく満月が見えるなど、なかなか神秘的でした。

外気の冷え込みと書きましたが、人(私の?)の「寒いor寒くない」という感覚が、いかに当てにならないのか?っていうこともよく分かります。

例えば、「今日は昨日よりも冷えているかな?」なんて思いながら歩き始めても、その前日は公園の芝生一面に降りていた霜が、その日は降りていなかった。なんてこともあります。

 

あるいは、マンションのライトの点灯具合だってなかなか面白いものです。

毎日、ライトが点いている家もあれば、点いていない家もあります。

日によって、点いたり、点いていなかったり、という家もあります。

平日はほとんどの家がライトが点いていない、マンションも、休日は、多くの家でライトが点いていたりなんてこともあります。

人の生活模様が伺えるんで、朝のマンションは眺めているだけでも、なかなか楽しいものです。

(まじまじと見ているわけではないのであしからず。そもそもカーテンで仕切られていますし。)

一通りの散歩から戻ってくる頃には、多くの家庭でライトが点灯していますから、近所では7時過ぎから一日がスタートする家庭が多いようです。

 

そんな、自分の行動を振り返って思い出すのが、ヒッチコックの傑作「裏窓」です。

この作品は、足を骨折して車いす生活を余儀なくされた、報道写真家の主人公が、部屋の向かいのアパートの住人の生活を観察している。その一室に、喧嘩の絶えなかった中年夫婦を見るのですが、ある日から奥さんの姿が見えなくなって…「あれ?」って疑問を持つ。そんなサスペンス映画です。

これがめちゃくちゃ面白いんですよね。

中学生の時に初めて見たときも思って、今ストーリーを書きながら改めても思ったんですけど、

既に、企画(というか、設定)の段階で勝っていますよね。ずるいほどに。

ググったところによると、原作はヒッチコックではないのですが、「目の付け所が本当に秀逸だな」って思います。

ですが、

本当に、ずるいのか?目の付け所が秀逸なのでしょうか?

実は、あの作品を見て、その面白さを知っているから、そう思うだけなのかもしれない。とも思うのです。

だって、映像化される前の企画の段階では、

車いすのおっさんが自宅の窓から見えるアパートの様子を観察していて、事件に気づく。

こんな感じですよね。これが、本当に面白い作品になるのか?って分からないですよね。

でも、「俺は、これがおもろい。これを面白くできる」そういった、強い思い込み、気持ちが作品(企画)を作る、一番のエネルギーになる。それが企画に命を吹き込み、面白いものを作り上げるんだと思うのです。

何よりも気持ちが大事なんですよね。

 

さて、先週も書きましたが、沢木耕太郎さんが止まりません。

週末に<キャパの十字架>を読み終え、直後にまたアマゾンでポチポチしてしまいました。

なぜ、彼の作品に惹きつけられてしまうのか?というと、

そこには「俺はこれに興味を持った。これが面白いと感じた。」だから徹底的に追求した。

そんな、本能に従うというか、自分の気持ちに忠実に行動する様を強烈に感じるからなんだと思います。

その徹底ぶりには狂気すら感じます。

<テロルの決算>では、ピュリッツァー賞を日本で初めて受賞した、「山口二矢が浅沼稲二郎を刺す瞬間」の写真から、その二人の人生の交錯を描いています。

<一瞬の夏>では、カシアス内藤という東洋ミドル級王者になりながらも、一気に転落したボクサーの再起を徹底的に追いかけています。

この作品には、若き日の沢木さんも登場しています。そこには、プロモーターとして、実際にカシアス内藤のマッチメイクをしたり、生活費の援助をしている彼の様子も描かれていますが、それは完全に取材者の域を逸脱しています。

でも、「そこまでやるんですか?」という逸脱ぶりが、この作品の魅力を圧倒的に高めていると私は感じます。

<凍>については、こちらに書いています。

<キャパの十字架>では、戦争写真家ロバート・キャパをロバート・キャパに足らしめた作品である、「崩れ落ちる兵士」について、自分が感じている違和感を解き明かすために、徹底的な取材をしています。

やっぱり、「そこまでやるんですか?」と感じざるを得ない、その徹底ぶりが、この作品の魅力の源泉なんだも思うのです。

 

沢木耕太郎さんの作品を読み進めるにつれて、改めて思うんです。

「あーだとか、こーだとか」の能書きは良いから、

「俺はこれが面白い。俺はこれがやりたい。俺の心がこう叫んでいる」

そういった魂に従うことが、企画やプロジェクトにおいては最も大事なのではないか?って。

多くの場合、それを形にする前から、面白いのか?上手くいくのかなんてわかりません。

そんなことは考えたって分からない。実際に行動して、形にして初めて分かるものです。

でも、自分の心が反応してるんだから、突き進んでいれば、何かがあるはずなのです。

何かを見出すはずなのです。

「目指しているものが分かっているなら、それはイノベーションではない。
計画通りに物事が運んだのなら、何も興味深いものを追求しなかったということだ」

って、トム・ピーターズも言っています。

どうせ人生1度きりなんだから、本能、感情に従って生きて行けば良いって思うのです。
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【今日のうねり】
企画やプロジェクトが形にする前から、「面白い」「上手くいく」かどうかなんてわかりようがない。考えても分からない。
だったら、気持ちに忠実に。本能に従って行動したらよいのだ。どうせ人生一度きりなのだから。
やった者勝ちだ。
魂に従って生きるのだ。

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