「できない」を誰かのせいにしたくなったら、「傘がない」を思い出す。

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令和3年2月9日  今日もクルクル通信893号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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先月、「モラトリアム期の効用」なんて書きましたが、少しずつ今までと違ったチャレンジもし始めています。

仕事でも、プライベートの面でもです。

仕事の方はまとまってきたら、ここでも書きたいと思いますが、プライベートで言えば、2.5年以上続けてきた加圧トレーニングと、半年続けたヨガを一旦ストップしました。

それが別に悪かったわけではなく、生活全体を一気に見直しているというのが主な理由です。

早朝散歩の導入もその一環です。

とはいえ、新しいことをチャレンジしている最中は、うまくいかないことばかりですよね。

わからないことも沢山あります。

分からないなりに、「こうなったら、うまくできるんじゃね?」なんて試みても、ダメだったり、あれこれ試行錯誤の毎日です。

そんな時、

全然うまくいかねえじゃねえか?

聞いてた話と違うじゃねーか?

これ、〇〇が悪いんじゃねーか!

コロナ、ふざけな!

といった、他責思考が一気に発動されそうなこともあります。

(書くと本当にそうなりそうなので、書きたくないのですが、サンプルのために書いています)

おかげさまで、こんなブログを毎日書き続けているので、ほぼそんな言葉が頭をめぐることはなくなりました。その代わりに、浮かんでいることと言えば、

まあこんなこともあるよね。

そもそもやったことないんだし、分からない、できないのが当たり前だよね。

思い通りにいかないのが人生だよね。

と言った言葉です。

「他責思考ではなく、自責思考が定着している」なんて言うとかっこよすぎで、大した話ではありません。

前提として、

新しいことにチャレンジする=自ら望んで「できない」を経験している

と考えているだけです。

初めてのことなのだから、できなくて当たり前なのです。織り込み済みなのです。

なので、「〇〇が悪い」なんて言っていても意味がないのです。

言っても、何も状況は変わらないのですから、それは、時間と精神の無駄使いでしかないのです。

そんな無駄遣いをしている暇があったら、目の前の状況をどうしたら打開できるのか?考え、行動した方がよっぽど健康的なのです。

「できないが当たり前」って思っておけば、その状況に腹を立てることはかなり少なくなるはずです。

 

井上陽水の「傘がない」という曲があります。
===
都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない

君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
(中略)
テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻にしゃべっている
だけども問題は今日の雨 傘がない

君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
(以上 抜粋)
===
こんな歌詞です。

上手くいかない状況に直面して、他責思考が発動されそうになったら、この歌詞を思い出すってのはどうでしょうか?

「あーでもない、こーでもない」「〇〇が悪い」って言っていることよりも、

今日の雨 傘がないこと

の方が問題だろ!って思い出す。

雨が降っていて、傘がなかったら、ぬれたまま走るか?それが無理なら。買うでしょ。

買う金がなかったら、探すか、パクるか、誰かにお願いして相合傘をしてもらうか?雨宿りするか?

何でもよいんですが、何とかしますよね?って。

とにかくその状況を打開しようとアレコレ考えるよね。

「雨、なんで降ってんだよ!ふざけんな!」って言っても始まらないよね、状況は何も変わらないよね。って。

そう言い聞かせるのは、アリではないか?って思うのです。

「新しいことにチャレンジする=自ら望んで「できない」を経験している」と言い聞かせる。

「できない」を誰かのせいにしたくなったら、「傘がない」を思い出す。

そうして、傘(解決方法)を探すのです。
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【今日のうねり】
新しいチャレンジは、「できない」が当たり前。というか、それを自ら望んで経験しに来ている。そういう心持が大事だ。そうでなかったら、そのうまくいかない状況を誰かのせいにしてしまうこともあるから。もし、そうなってしまったとしたら、井上陽水の「傘がない」を思い出す。そうして、傘を探そうとしようとするのだ。

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