バレンタインの告白

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令和3年2月14日  今日もクルクル通信898号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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いやー、それにしても、暖かいですね。

ひょっとしたら、チョコレートも溶けだしてしまうのでは?

そんなことを心配する、今日。

今日はバレンタインデーです。

こんな暖かいバレンタインデーって、今までにあったのでしょうか?(東京)

気になって調べてみたら、もっと暑い日がありました。2009年東京府中市で24.1℃ってのが観測されていました。

 

それはさておき、午前中に散歩で公園を通りかかった時のことです。

ブランコをガンガン飛ばしている少年(推定小学校3~4年生)がいました。

そこに、2人組の女の子がチョコレートを渡そうと近づいて行きました。

「はい。チョコレート!」

「はぁ、なんで?チョコレート?」

ブランコに乗ったまま、素っ気ない応対をする少年。

「え、何言ってんの!今日2月14日。バレンタインデーよ」

「バレンタインデー?日付けの事なんて全然意識してないから知らないや」

「いいから、はい、チョコレート」

「いいよ、いらないよ、そんなの」

「なんでよ。受け取ってよ」

「じゃあ、いいわ。ここ(隣のブランコの座面)に置いておくから、持っていってよ」

1人の女の子がそう言い、ブランコにチョコレートを置きました。

もう1人の女の子も一緒に置くのか?と思いきや、その子は手に持ったまま、

「じゃあ、後で渡す」

と言って、自分の荷物が置いてあるベンチに戻っていきました。

ついつい興味津々になってしまった私は、ブランコの目の前にある、ベンチに座りました。

その後も女の子2人と少年の会話は続くのですが、少年は一向にしてブランコを降りようとしません。むしろ加速していく一方です。

その少年ですが、顔も悪くないですし、何よりも運動神経が良さそうでした。

なんて言ったって、蛍光黄色のナイキのトレシューに、短パン。上は同じく蛍光黄色を基調としたアンダーアーマーのウインドブレーカーでしたからね。

リレーの選手で、学校でも目立つ存在なのでしょう。

いずれにしても、とにかくチョコレートを受け取りたがらないのです。

でも、分かるんです!彼の気持ちが。

彼、恥ずかしいんです。間違いなく。

なんで分かるのか?っていうと、私にも似たような経験があったからです笑

彼の態度を見て思い出したんです、初めてチョコレートを手渡しされた時のことを。

 

あれは小学校3年生のバレンタインデーでした。

顔も?頭も良くて、気も強い。分かりやすいリーダー格の女の子がいました。

そんな彼女が、バレンタインデーの数日前から

「私、バレンタインに本命のチョコをあげるんだ」

なんてことを言っていました。

「誰も、お前のなんかいらねえよ」

そんな会話が、彼女と男子陣の間に何度か繰り広げられていました。

そして訪れたバレンタインの当日。下校のタイミングまで、彼女は、

「まだ誰にもあげていないから」

なんて、こっちが聞いてもいないのに言っていました。

終礼が終わって、いざ教室を出ようと駆けだそうとしたその時、扉の目の前で彼女が現れ、

「はい、チョコレート」

って言いながら、ボクにチョコを差し出しているのです。

何が何だか分かりませんでした。

男女何人かに取り囲まれて、

「えっ、うそ?まじ?中田?」

とか、

「ヒューヒュー、モテるね!」

とか。

ヤジなのか、喝采なのか?分からない声を浴びました。

兎にも角にも、顔から火が出るほど恥ずかしくて、受け取るだけ受け取って、走ってその場から逃げました。

たぶん、「ありがとう」も言えていません。

その日も、いつもの下校仲間といつも通り、山手線で田端まで一緒に帰りました

「お前、あいつからもらったの?うわっ、こんな手紙ついてるよ」

「うるせーな」

車内でも友達からもからかわれ、恥ずかしい気持ちが全く収まりません。

あまりの恥ずかしさに耐えきれなかった私は、田端駅のゴミ箱にそのチョコレートを捨てました。

ちなみに、生まれて初めてもらったラブレターの文章は今でも鮮明に覚えています。

そして翌日。

一緒に帰った友達が、「中田が貰ったチョコレートを田端駅で捨てた」と言いふらし、私は最低の烙印を押されることになりました。

当然ですよね。失礼極まりない。人の好意を踏みにじる愚行です。

でも、当時のボクは、彼女の気持ちを受け取ることはおろか、それから逃げることで精一杯でした。

その恥ずかしさと、それを親にも知られたくない一心で、捨てるという愚行に走ったのです。

とは言いながら、お返しをしないわけにもいかないので、「帰りに食べた」とか嘘をついて、お返しを親に買ってもらいました。

ホワイトデー当日、彼女は、自分のチョコレートを捨てられたことを知っているにもかかわらず、お返しを渡した時に、何事もなかったかのように、

「ありがとう」

と、彼女は言ってくれました。

圧倒的に、成熟していますよね、ボクと比べて笑 本当にお恥ずかしい限りです。

「本命チョコレートをもらうとゴミ箱に捨てる」という行為は、翌年も実行しました。一切進歩なしですね笑

ちなみに、それを最後に本命チョコレートをもらった記憶はありません。

人の気持ちを多少なりとも、受け入れることができる度量が出てくる頃には、誰からもチョコレートを貰えなくなっていました笑

 

だから私は少年に言いたかったんです。

「心から「ありがとう」を言って、チョコレートをもらった方が良いよ。いつ貰えなくなるのか?わからないから」って。

でも、カモフラージュのために手に持っていた本が、沢木耕太郎さんの元売春婦の養護施設の取材ルポだったりもして、目の前のほほえましい出来事とのあまりのギャップに言い出すことができませんでした。

最終的には、その少年はチョコレートを受け取っていました。

受け取ったら受け取ったで、

「俺、バッグ持ってきていないから、手に持っているの嫌だな。遊べないじゃん。ベンチに置いておこうかな。でも忘れちゃうしな」

なんて言っていました。

一方で女の子の方からは、

「ホワイトデーのお返し忘れないでね?」

と突っ込まれ、

「ホワイトデー?何それ?知らないから返せないよ」

なんて、分かりやすぎるウソを言っています。

「恥ずかしいことを、無理に紛らわせているだけだろ!」なんて内心突っ込みを入れていている私。

「3月14日だよ。ホワイトデー。

忘れないでお返ししてね、倍返しだよ」

ここでも倍返しかよ!

 

このチョコレートが本命だったのか?義理だったのかは?は分かりません。

ただ一つ分かったことは、

相手の気持ちを受け入れられるかどうか?

これは、人間の成熟度を測る一つの指標になりうる

ということです。

まずは、気持ちを受け入れることができるかどうか?からコミュニケーションは始まります。

その次に、それにどう応えるのか?というアクションがあるんですよね。

当時、幼かった私も、蛍光黄色の彼も、気持ちを受け入れることすら出来ていませんでした笑

もうちょっと受け入れる度量があれば、あんな愚行には走らないでしょうからね。

 

あの頃に比べて今はどの程度、度量が大きくなっているのだろうか?

ちょっとは成熟しているよね?

そう信じたいバレンタインデーです。
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【今日のうねり】
人間の成熟度を測る一つの指標として、相手の気持ちを受け入れられるかどうか?がある。
それができて、次にそれにどう応えるのか?というアクションのフェーズがあるのだろう。
相手に向き合う気持ちを大切にするのだ。