「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」そんな賢者って本当にいるの!?

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令和3年2月15日  今日もクルクル通信899号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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小学生の時に、バレンタインで貰ったチョコレートを駅のゴミ箱に捨ててしまった。

昨日そんな恥ずかしいことを書きました。

ところが、今朝小学校の友人から、

「俺もね、実はあるんだよね、中学校1年生の時に」

なんて連絡をもらいました。

同じような経験をしている奴がいるもんなんですよね。

小3でやってしまったボクと、中一の彼。

若干、彼の方が成熟度が低かったですかね。

低かった者同士だからこそ今でも仲良しなのかもしれませんが笑

 

さて、話は一気に変わりますが、鉄血宰相ビスマルクの有名な言葉に、

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

というものがあります。

これって、果たして本当なんでしょうか?

賢者だと、本当に歴史から学べるんでしょうか。

なんてことを思うのです。

歴史に残る名宰相の名言を向こうに回して争うつもりもないんですし、歴史に学べないのは、私が愚者ってだけなのかもしれませんが。

例えば株式投資の世界に、

もうまだなり まだはもうなり

という格言があります。

(いきなり株もやらないのに、そんな話を持ってくるな!って話かもしれませんが…)

株をやる人は誰もが知っている言葉だとは思いますが、知っている人は誰もができているのでしょうか?

できていないから今もなお、格言として残っているんじゃないでしょうか。

「あん時売っときゃよかった!」

「あそこで買いだったよ」

なんて話を友人からもよく聞きますが、それができていないってことですよね。

私の友人だけに、彼もまた愚者なだけかもしれませんが笑

あるいは、

コツコツドカン

という言葉もありますよね。

株価が徐々に上がっていってもどこかで一気に暴落することがあるぞ。欲をかかずに、その前に売ってしまえ、という意味ですが、欲をかいちゃうのが人間で、それで負けてしまう人も沢山いるのです。

「損切りが大事」という、株をやらない人でも知っている言葉もそうです。

分かっていても、難しい。できないから未だに格言として残っているのだと思うのです。

私自身の振り返ってみても、そんなことばかりです。

 

例えば、この週末もそうでした。月1恒例の終日セミナーに参加していましたが、そこで講師の鮒谷さんが話をして下さったことが、まさにそれでした。

ある質問をさせてもらったのですが、それに対する鮒谷さんの回答が、数年前に話をして下さったものと全く同じだったんです。

その話は何度も何度も音源で聞いていて、「知っていた」にもかかわらず、今回は、

「ああ、そういうことか!」という大きな気づきがあったんです。

全く同じ話なのに、それによって、見える世界ががまるで変わったんです。

なぜ今回はそんなことが起こったのか?というと、

まさに自分がその当事者だから

です。

どんなに聞いたことがあって「知っていた」としても、それを理解し、行動できるようになるためには、当事者にならないとダメなんです。

一方で、当事者であるからこそ、その知っていることを自らに適用させることが難しいという側面もあるんですよね。

なぜなら、誰もが自分自身の人生の主人公なので、前のめりになってしまうから。

熱中すればそれほど、自分では自分の状況が見えにくくなっちゃうから。

ましてや、知っていたとしても、

「それは俺には関係ないんじゃないか?起こらないだろう」

なんて、正常性バイアスも発動されてしまうこともあるので、難しいのです。

(なので、客観的にアドバイスをくれる人の存在が必要なんですよね。)

 

結局、今回の私は、実際に事が起こってから、

「それって、前も話をした、あの話ですよね」

って、客観的に言ってもらうことで理解ができたのです。(

事が起こってから、理解する。

これって、完全に愚者のパターンですよね笑

はい、私は愚者なんです。

(別に大きなミスを犯してしまったわけではないです、念のためです)

 

でも、自分の人生というゲームに没頭しながら、上手に歴史という他者の経験を参照しながら、ミスなしに攻略できる人っているんでしょうか?

そんな賢者ってどれだけいるんでしょうか。

多くの人は、「やべ!、これちょっとやっちまったかも!?」といったタイミングで、

「これって、あの本に書いてあったことに近いのかも?あの人の話のことかも?」って思うものなのではないでしょうか。

だとするならば、

賢者か愚者か?を分けるのは、その気付くタイミングが早いか?遅いかどうか?

ということもできないでしょうか。

なので、ビスマルクの言葉を、

ミスは起こってしまうもの。

でも、歴史(他人の経験)を学んでおけば、そのミスに早く対処できるようになる。最小限に食い止めることができる。

一方で、自らの経験しか信じようとしない愚者は、ミスへの対処が遅れる。その結果、その傷口が拡大。泥沼化していく可能性がある。

だから、歴史を学ぶ必要があるのだ。

こんな解釈をしても良いのではないかと思うのです。

ミスを事前に防げれば、最上。起こってしまったミスを最小限に食い止めることができるのが賢者。

そんな感じなのかなと。

「いやいや、何言ってんだよ!事前にちゃんと学んでおけば、ミスも事前にすべて防げるから」

という話であるならば、単なる私の勉強不足。私が愚者でしかないということです。

いずれしても、歴史を学ぶことはよりよく生きるには欠かせないのです。
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【今日のうねり】
愚者は自らの経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。というビスマルクの言葉があるが、そんなことができる本当の賢者ってのはほとんどいないのではないか。
多くの場合は、ミスが起こってから、「あっ、やべ」って気づくものなのではないか。
その気付くタイミング、そこからの対応のスピードが、他社の経験=歴史を学んでいるかどうか?で決まるのではないか。
ミスを事前に防げれば最上。最小限に食い止めるのが賢者と捉えることはできないか。
そのために、歴史を学ぶのだ。