「全員悪人」ならぬ「全員善人」な世界。

==========
令和3年3月3日  今日もクルクル通信915号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
==========

ゴイスーな友人に恵まれると、人生が豊かになる。

会えば楽しいし、刺激ももらえる。だけではなく、確実な情報もゲットできる。そんな副産物もある。

確かな情報をゲットできることは、この情報爆発社会においては極めて強力な武器になる。

そんな武器が欲しければ、まずは人間関係を築け!

確かな情報をゲットしたければ、まずは人間関係を築け!

昨日、そんなことを書きました。

では、そんな人間関係を築くには、どうすれば良いのでしょうか?

筋を通す。他人を思いやる。礼儀正しくする。

言い換えれば、

義理、人情、仁義。

これを重んじる。ということだと思います。

こんな単語を並べると、ヤクザな匂いがプンプンしてしまいますが笑 ある意味でそういうことなのでしょう。

とはいえ、私の中のヤクザは、パッと思い浮かぶところで言いますと、

映画では、「仁義なき戦い」の皆さんや、「マルサの女」の山崎努、「マルサの女2」の三國連太郎。「アウトレイジ」の皆さん。(マフィアを入れるのであれば、「ゴッドファーザー」のマーロンブランドは外せません)

書籍だと、「新宿鮫」シリーズや、奥田英朗「最悪」「邪魔」。浅田次郎の「任侠ホテル」。

漫画で言えば、「サンクチュアリ」の北条や「闇金ウシジマくん」の若琥会の滑皮を中心とした皆さん。

直近でいえば、映画「すばらしき世界」の役所広司さん。

あたりです。

これらが、どこまで、その道の人を捉えているのか?は分かりません。

「あんなもん、半端もんだよ」ってことでしたら…知ったか、申し訳ございません。付してお詫び申し上げます。

 

一方で、落語の世界で大切にされていることも同じく、

義理、人情、仁義。

だと思っています。

さすがに「怖い人」は登場しませんが笑 代わりに、義理人情に厚い人。嘘をつかない。曲がったことが嫌いな人がたくさん登場します。

例えば、「井戸の茶碗」という大好きな話があります。

こちらがあらすじです。ご存じない方は是非ご一読ください。
===
麻布茗荷谷に住む正直者のくず屋の清兵衛さん。

ある日、清正公脇の裏長屋で身なりは粗末だが、品のある器量よしの17,8の娘に呼び止められ、浪々の身のその父の千代田卜斎から、仏像を200文で買い受ける。

仏像を荷の上に乗せ、細川邸の下を通りかかると、若い家来の高木佐久左衛門が仏像を見つけ300文で買い取る。

 高木がぬるま湯で仏像を洗っていると、台座の紙が破れ中から50両が出てきた。高木は清兵衛の来るのを待ち受け、「仏像は買ったが50両は買った覚えはない」と、50両を卜斎に返せという。

 清兵衛は50両を卜斎に家に届けに行くが、「売った仏像から何が出ようとも自分の物ではない。その金は受け取れぬ」という。再び高木の所へ行くが高木も受け取らない。

 困った清兵衛さん、卜斎の長屋の家主に相談し、卜斎と高木に20両づつ、清兵衛に10両ということにし、卜斎は20両のカタに普段使っている汚い茶碗を高木に渡すことでやっと納得する。

 このいきさつを聞いた細川の殿様に高木が茶碗を見せると、これが「井戸の茶碗」という世の名器だ。殿様は300両でこれを買い上げる。

清兵衛は150両を卜斎に届けるが、卜斎はむろん「その金は受け取れぬ」だ。

 清兵衛は、「また高木様に何か差し上げてその代わりに150両もらうことにすればいい」というが、卜斎にはもう高木に渡す物がない。卜斎は考えたあげく、

150両を支度金として娘を高木氏へ嫁がせたいという。

 喜んだ清兵衛さん、早速この話を高木に伝えに行く。高木も千代田氏の娘なら間違いないと話は早い。

清兵衛 「今は裏長屋に住んでいて、ちょいとくすんでいますが、こちらに連れてきて磨いてご覧なさい、いい女になりますよ」

高木 「いや、もう磨くのはよそう。また小判が出るといけない」
===

いい話ですよね。オチまで最高です。おしゃれすぎます。

誰一人として、金に目がくらまない。貰ったとしても罰が当たらなそうな金なのに誰も手を出さない。卑しくないことが最高の結末を導く。

義理や仁義の大切さを教えてくれる「人情話」ですが、最後にはしっかり笑いがある。だから説教臭くも全くならない。

ホントいい話。

「全員悪人」

ならぬ、

「全員善人」

嗚呼、「すばらしき世界」。

 

ヤクザっぽく、落語っぽく、義理、人情、仁義を重んじる。人間臭くありたい。

一方で、それを重んじるあまり、情に絆され、取るべき行動が取れなくなっては元も子もありません。

そのためには、知恵や知識を学び続けること。これが欠かせません。

人間的であり、機械的でもある。非合理的であり、合理でもある。

そんな相反することを包含した、

「インテリヤクザ」でありたいのです。

学ぶこと、鍛えるべきことが山積みですが、これからも精進していきます。
*****
【今日のうねり】
ゴイスーな仲間に恵まれるためには、義理・人情・仁義を重んじることが大切だ。
それは任侠の世界や落語の世界に近いのかもしれない。
これらも大事だが、これだけでは情に絆され、正しい行動ができなくなってしまう。
そうならないためにも、知恵や知識を学び続けることが大事なのだ。
人間的であり、機械的でもある。非合理的であり、合理でもある。そんな相反することを包含した、「インテリヤクザ」であり続けるのだ。