人とAIの理想の関係!?

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令和3年3月16日  今日もクルクル通信928号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日は、文藝春秋のオンラインセミナー「教養と経営」に参加しました。

ゲストスピーカーは、茂木健一郎さん、山口周さん、佐藤優さん。

こんなビッグな三人の話が聞ける、しかも無料で。

これは参加しないわけにはいきません。

話す内容は三者三様で、いずれもとても興味深いものでした。

これが無料で、しかもオンラインで。

でかい声じゃ言えませんが、これぞ、コロナの恩恵。そう思わざるを得ませんでした。

ちなみに、佐藤優さんはこのコロナは、数10年後には忘れ去られている可能性があるのではないか?

と指摘していました。

今回のコロナがパンデミックな的な拡がりを見せるまで、日本でも40万人の死者が出た「スペイン風邪」のことって、忘れていましたよね。

一方で、先週の3.11のことは決して忘れることはない。なぜなら、3.11という事件が起こった明確な日付があるから。津波などの映像記録も残っているから。

でも、コロナは、「あの日だった」という明確な日がない。津波のような象徴的な出来事があるわけでもない。

こういうものは記憶に残りにくいんです。

ギリシャには時間を示す概念の二つあります。

クロノスとカイオス。

クロノスは、過去から未来へと一定速度で、一定方向に流れる連続した時間を表すものです。

カイオスは、一瞬や特定の時刻を表すものです。

これで言えば、コロナはクロノス的な出来事で、3.11はカイオス的な出来事。前者は忘れられる可能性があるんです。

そんな話をしていました。

これは彼のメイントピックではなかったのですが…その「知の巨人」っぷりに圧倒されました。

過去、何冊か書籍を読んだことがありますが、彼の著作を一気読みでもしようかしら?なんて一瞬思ってしまいました。とんでもない数で腰が引けましたが笑

 

山口周さんは、これからの時代に求められるのは、解決策ではなく、問い。

プロブレム・ソルバーではなく、アジェンダー・シェイパーの時代だ。

という、「ニュータイプの時代」に書かれていた話が中心でした。

 

そして、茂木健一郎さん。

しっかりお話を聞くのは、彼がNHKの「プロフェッショナル」で司会をやっていた時以来。なので、10年ぶりくらいでした。

相変わらず話は面白いんですけど、笑えないブラックジョークや、空気の産めない発言がちょいちょい繰り出され、ちょっとヒヤヒヤしました笑

これからの時代は、

いかにコンピューティングパワーにアクセスをするのか?

教養をいかに高めるのか?

この二つが重要なテーマになるだろう。

人工知能の発達に一番必要なことは、教養を高めることだ。と、研究者の中では言われている。

それがメインの話でした。

コンピューティングパワーの話で言えば、将棋の藤井聡太さんの事例を取り上げていました。

藤井聡太は、将棋ソフト(AI)を使って、トレーニングをしていることで有名ですが、彼は最近CPUが50万円もするコンピューターを購入したそうです。

通常市場に出回ってるコンピューターが2万円程度ですから、実に25倍もコンピューティングパワーのあるパソコンを使っているそうです。

なぜなら、CPUが優れていれば優れているほど、計算速度が上がるから。

計算速度が上がれば、将棋ソフトの戦闘力も上がり、良いトレーニングができるから。

「スパーリング相手がマイク・タイソン」みたいなもんですよ。

なんて、茂木さんは言っていました。

そうだとしたら、そりゃあ、強くなるに決まっていますよね。

 

AIがプロ棋士たちに続々と勝ち始め、「AIが人間を超えるのか?」といったことが、ちょいちょい話題になっています。

10年くらい前に、羽生善治さんの本を読んだ時には、まだ将棋ソフトがプロ棋士に勝っていませんでした。

チェスでは、AIが勝つことがあっても、将棋はなかった。そんな時代だったと記憶しています。

当時の書籍(複数読んでいて、どれだか忘れてしまいました)で、羽生さんは、

AIは、膨大な計算をすることによって、最善手を選ぶ。ただ、その計算速度がまだ追いついていないため、人間に勝つことができない。

でも、計算速度が上がれば、AIに人間が負ける日も来るだろう。

と書いていました。

たった10年で、その世界が到来しています。

AIが恐るべきスピードで進化しているってことですよね。

(どうやら、AIは、1年経つと当時の最強ソフトに7~8割の確率で勝つことができるほどの進化しているらしいです。私(羽生さん)を含めて人間は、前年の自分に対してそれだけの確率で勝つことはできないでしょう。※羽生さんのインタビュー記事より)

AIと人間では、最善手の選び方がまるで違うらしいです。

AIは、全ての選択肢を計算した上でそれを導き出す。一方、人間は、計算ではなく、直感的に、2,3の手が浮かんでくる。

最終的には、その中から、一番良いと思われるものを選択しているが、

「選ぶ」よりも「捨て」ている。

その直感は、経験を積むことでしか、磨かれない。

なんてことも、書かれていたと記憶しています。

 

茂木健一郎さんは、「AIは評価関数があった上で、どれが一番良いのか?ということは計算ができても、

評価関数そのものを作ることはできない。これだけは人間がやらなきゃいけない」と言っていました。

将棋においては、「AI vs 人間」ですが、社会生活においては、AIをいかに上手に活用していくのか?がテーマになります。

ここを突っ込んだ方が面白いんじゃね?

もしかしたら、これが新しい価値になるんじゃね?

ということを直感的に導き出し、その評価関数(=評価基準)を設定するのが人間。

その妥当性、確からしさを計算するのは、AI。

というような役割分担が理想的な一つの形。ということになるのでしょうか。

 

大量行動。膨大な経験を積むことでしから、直感を磨くことも、評価基準(何が良いのか?悪いのか?など)を定めることができないのですから、

行動ありきで、突き進むのです。
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【今日のうねり】
直感的な判断。評価基準の設定は人間にしかできないことだ。
AIが得意なのは、評価基準があった上で、その確からしさを導き出すことだ。AIの強みは計算力だから。
それがこれからの社会のおける理想的な役割分担だとしたら、我々にできることは大量行動。膨大な経験を積むことだろう。それが、直感や評価基準を磨き上げることに繋がるのだから。