「聞きやすい話し方」ってなんだろう??

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令和3年5月9日  今日もクルクル通信982号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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リモート前提の仕事場では、

それ以前は、比較的多くの企業で導入され、かつ、威力を発揮していた、

とりあえず俺もやってんの見とけ!

という指導方法が使えなくなります。

会議の移動は「どこでもドア」だし、そもそも会社に行く機会も減ってしまうから。

物理的に上司や先輩と一緒にいる時間が短くなるから。

一方で、人は組織にとっての最大の資産の一つです。それを育てることは、最重要項目ですから、どんなバックアッププランを持ち合わせているのか?

それが、今後の組織の命運を分け得るのではないか。

例えば、その有効なバックアッププランの一つが、

言葉にする力があるかどうか?

言語で、人にメッセージを伝達できるか??

なのではないでしょうか。

昨日書きましたが、今日も続けます。

 

こんな話を書くと、マニュアルを作れば良いんじゃないか?

なんて、ツッコミがありそうですが、

サッカーの試合で全く同じシチュエーションで、ボールを受けることが二回とないように、

仕事においても全く同じことが二度起こるということは、ほぼないでしょう。

なので、マニュアルを作るのは極めて難しいと思っていまし、それを、やりきることにさほど意味があるようにも思えません。

サイゼリヤのような飲食店であれば、

お客様がお帰りになった後のテーブル掃除は、毎回ほとんど同じ状況に直面します。なので、例えば、

消毒液を2回、ふきん掛けは時計回り反時計周りに2回ずつ。

というように、テーブル掃除をマニュアル化をすることができるでしょう。

なので、全く同じ状況が二度と起こりえないような仕事においての「言葉にする力」は、

基本的な原理原則を正しく言葉で伝えられるのか?

ことだと思います。

ここを押さえておけば、ケースバイケースで、個別に対応できるよね。

そういうことを言葉に残すということだと思うんです。

例えば、リモート会議においては、対面の会議に比べ、参加者が話を聞いてくれません。

画面のオフ機能もありますから、聞いていなくともバレやしません。なので、

話し手には、聞きやすい話し方が求められるのです。

つまり、聞きやすい話し方とはどんな話し方なのか?

を、言葉にしておく必要があります。

それがなければ、後輩を育てることができないのです。

聞きやすい話し方とは、例えば、

話は長いより短い方が良い。

ということから始まり、

発言するときは、最初に、伝えたいことが何個あるのか?数で明示しよう。

一つ目は…

二つ目は…

というように「構造を示す」と聞きやすいよね。

本にも最初に目次がついてるじゃん。それと同じ感じだよね。

ということです。

この基本的な原理原則さえ身に着けておくことができれば、のっけから誰も聞いてくれないということは起こらないでしょう。

あるいは、会議の時間がタイトという場合においては、

会議の事前に話したいことをテキストとして参加者に送る

というアレンジもありですよね。

これだって、

話は短い方が良い

話したい内容を数で示す。という原則に倣って行動をしていますから聞きやすいはずです。

原理原則。基本さえ押さえておけば、状況に合わせて方法を変えることはいくらでもできるのです。

こんな感じで、

汎用性の高い原理原則をそれぞれのテーマにおいて、言葉にしておくことができれば、人に伝えることができる。育てることができるんです。

また別のテーマで言えば、

こちらがミスした時の謝罪はどうするのがよいのか?

ということも、同じように原理原則がありますよね。

この場合は、まずは、

兎にも角にも先方の利害に焦点を合わせる。

ということでしょうか。

 

「聞きやすい話し方」と「謝罪の仕方」も、もう一段階、抽象度を上げると、

そもそも良いコミュニケーションとはどういうものなのか?

ということでまとめることができます。

なので、これを言語化できていれば、より汎用性の高い指導ができるということになるのでしょう。

そうして、一つ一つのテーマを言葉にすることができれば、

自ずから人が集まり、リーダーシップを発揮することができます。

人を導くことができます。

言葉にする力はもはや必須の力。そう思わざるを得ないのです。
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【今日のうねり】
これからのリモート業務全盛の時代には、言葉にする力はリーダーシップを発揮する上では、もはや必須の力だ。
元々必要だったが、それがより顕著になっていくのだろう。
なぜなら、とりあえず俺がやってんの見とけ。という教育方法はもう使えないから。
一つ一つを言語で記述し、伝えられなければ、人を育てられない。
言葉にする力なくして、生き抜くことはできないのだ。