畳もうとして畳めなかった、座布団の話。

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令和3年6月8日  今日もクルクル通信1012号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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あのトイレ清掃員のおじさんは、やっぱりすごい人でした。

今朝もトイレの前を通過すると、掃除を終えたおじさんが、散歩の常連さんとお話をしていました。

挨拶だけをして、そのまま歩き続けようか?と思っていたんですが、話している内容が聞こえてきてしまいました。なんせ、大きな声ですからね笑

「俺さ、小学校の卒業アルバムに「将来は体を動かす仕事をしたい」って、書いてたんだよ。実現してるでしょ!!」

言霊ってあるんだな、と昨日書いたばかりですから、ついついその話につられて、話にジョインしてしまいました。

「やっぱりね、好きなことを仕事にしないとダメなんだよ。じゃないと楽しくないじゃん。

好きじゃないこと、苦手なことを頑張ったって、平均にしかならない。もともとマイナスなんだからさ。

それで良いならいいけど、ちょっともったいないと思うんだよね。

差がつかないし。

どうせやるんだったら、自分の好きなこと、得意なことを伸ばしていけること。それをやるのが良いと思うんだよね。

俺なんか、ガキの頃から自分の好きなことしかやってこなかった。

だから、しょっちゅう学校の先生には怒られていたけどね笑

でもね、好きなことがハマると強いんだよ。

どうしてそこまでやるのってことまでやれちゃうんだよ。でもさ、好きなんだからさ、やるよね。

あっ、そろそろ行かなきゃ。またねー」

いつも通りエネルギッシュにニコニコしながら、愛車のヤリスに乗り込んでいきました。

 

見送りながら、心の中では、

「おじさん、凄いよ。ドラッカーと全く同じことを言っているじゃん」

って思っていました。

ドラッカーは、

~~~
不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。

自らの強みに集中すべきである。

無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする。
~~~

って言っているんですが、これ、一緒ですよね。

たぶんなのですが、おじさんは、ドラッカーを読んではいないと思うんです。全てご自身の経験の中から生まれた考えだと思うんです。

だから、なおさら凄いと思うんですよね。

おじさんから小学校アルバムと好きなことをやれ!!って話を聞いて、

中学校の担任だった林先生が(今でしょ!?の林先生ではありません笑)、「座布団の原理」という話をしてくれたことを思い出しました。

この原理は、

座布団の真ん中を引っ張ると、それを頂点とした、ピラミッド(四角錐)ができる。

その頂点となるものが、自分の得意な科目、好きな科目で、それを思いっきり伸ばしていけば、他の科目も伸びてくる。

結果的に全体の成績も伸びるから、まずは得意な一教科を伸ばしなさい。

というものでした。

ドラッカーとも被る部分もありますよね。

つまり、

座布団の原理=一芸に秀でなさい

ということだとも理解できるのですが、

振り返ってみれば、学生時代に記憶に残っている奴って、一芸に秀でていたってことが多いように思うのです。

そうじゃないですか?

例えば、めっちゃ足が速かったやつ。

野球が上手かったやつ。(彼は甲子園にも出場していました)

工作が得意だったやつ。

生物オタクだったやつ。(彼は、今、生物の仕事をしています)

バレエが好きだったやつ。(彼女は、バレリーナになりました)

歌って踊るのが好きだった奴(彼女は、ダンサーになりました)

こんな感じで、思い出そうとすると、校内で一つのことに秀でたやつのことばかりが思い出されませんか?

たぶん、そういうことなんだと思うんです。

記憶に残るのは、強烈なインパクトがあったことか?何度も繰り返したことのいずれかしかないのですから。

一芸系ってのは、まさに前者のインパクトによる記憶への定着ですよね。

実際、初めてそれを見聞きした時、「何だこいつ、めっちゃすげえじゃん!!」って、感情が揺すぶられたから、20年以上が経った今も、思い出すことができるんです。

 

とは言っても、幼い頃の「すげえ」ですから、そのレベルは決して高いものではないでしょう。あくまで、小学校レベルで。だったはずです。

しかし、月日が経ち、大人になってもなお、「すげえ」というレベルであろうとするならば、その芸を磨き続けなければなりません。

座布団の頂点をどんどん上に高めていかなきゃいけないのです。

ただ、ご存知の通り、座布団の真ん中を引っ張るにも、到達できる高さには限界がありますよね。

その高さは何によって規定されるのか?というと、底面にあたる座布団の大きさですよね。

座布団の縦横の長さが長ければ長いほど、より高く頂点を引っ張ることができるのです。

言い換えると、一芸を伸ばしていこうとすると、最初はそれだけを伸ばすことができるのですが、

ある一定の高さに達すると、それ以上高くすることができなくなってしまう。

その壁にぶち当たった時は、今度は、底面=土台を大きくしていくしかないんですよね。

土台を拡げるためには、一芸(専門領域)以外の領域までアンテナを拡げ、知識も経験も幅を出していかなければならないのです。

ということは、

一芸を磨き続けていれば、必然的に、専門領域以外にも意識が向くし、そこでの知見も獲得していくことになる。

結果的に、人としての幅も厚みも出てくることになるのではないか?

なんて思うのです。

 

と、ここまで書いてきて、すぐ近くにある、座布団の真ん中を引っ張ってみてたんですが…

高さは座布団の大きさとは関係ないような気がしていきました汗

底面が大きくなくても、高くすることってできるよな。例えば、エッフェル塔って、別に底面特別大きくないよな。エジプトのピラミッドの方が底面大きそうだけど、高さは出ていないよな…

ってことは、斜辺の角度が高さに関係あるよな…

などなど、考えはするものの、数学がめちゃ苦手な私は、よくわからなくなってしまいました笑

ググって、中学校の数学の問題を読んでもよくわからず…泣

ということで、「一芸を磨き続けることでぶつかる壁の突破方法が、その専門領域以外へ学びを拡大すること」を「座布団の高さ」で例えることには、敢え無く失敗してしまったようです…笑

ですが、

ドラッカー並びに、清掃員のおじさんの教えに従って、自らの強みに集中し続けていれば、高みを目指し続けていれば、世界も拡がっていく。

これは間違いないように思うんです。
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【今日のうねり】
ドラッカーの言うように、「自らの強みに集中すべきである。無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする」のだから、不得手なことに時間を投じてはならないのだ。
常に強みで戦う。一芸を磨くことに集中するのだ。すると、自ずから、周辺領域へも意識が拡がり、結果的に人としての幅も厚みも出てくるのだ。

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