感情直撃but論理的。

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令和3年6月17日  今日もクルクル通信1021号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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感情は王様、論理は家来

という、考えるエンジンの高松さんの言葉があります。

どんなに論理的に正しいことを言ったとしても、最終的には感情を動かすことが出来なかったら、人は動かないよ。

こんな意味だと理解しています。

例えば、どう考えても論理的には完璧な主張を上司にしたにもかかわらず、

「いや、でもさ。ごめん、ちょっと承認できないわ」という経験ってありませんでしょうか。

自分が完璧と思っているだけで、実際は穴があった、ということもあるかもしれませんが、

そうでもないにもかかわらず、話を聞いてもらえない。ということがあったしたならば、おそらく、

先方の心が動かない。

ということが多いのかもしれません。

とはいえ、何度も何度も話をしてみて、最終的に、「そこまで言うならやってみればいいじゃないか」という承認を得ることができたとしても、決して良い形とは言えません。

消極的なYESですからね。

こういう場合は、話を理解してもらったというよりは、「まぁ、これぐらいだったら、最悪、ダメでもよいか」みたいな腹積もりが上司の中にある、教育的指導と思った方が良いかもしれません。

一方で、大して論理的じゃないんだけど、なんだかYESを引き出すのが上手いやつもいますよね。

こういう類の人は逆に、感情に訴えかけるのが得意なんですよね。

論理的な穴が見えることがあったとしても、「まぁ、思いっきりやってみろよ。ダメでも俺が何とかしてやるから」みたいな、積極的なYESをもらっているんですよね。

同じYESでも、前者と後者では、全然意味が違いますよね。

その感情に訴えかける力が、

想いの強さから来るのか?

感情移入をして話すのが得意なのか?

はたまた、目の奥に潜んでいるエネルギーの強さから来るのか?

どこから生まれてくるのか?は分かりません。人それぞれ持っているものがあるのだとは思いますが、人を惹きつける何かがあるのでしょう。

 

人は正しい人の話を聞くのではない。信じた人の話を聞くのだ。

という話を大久保寛司さんから聞いたことがあります。

表現は違えど、冒頭書いた、「感情は王様、論理は家来」と言っていることは極めて似ているように思います。

信じてもらえる力と、相手の感情に訴えかける力には、被る部分が多々ありますからね。

 

とは言いながら、最も理想的なことは何か?といえば、

感情に訴えかけるパワーがありつつも、上から下まですっかり筋が通っている、そんな話ができること。

感情直撃but論理的。

人に話を伝えるのではなく、人を動かす。

そんな最上級のコミュニケーション力を身につけるため、心と頭を磨くのです。
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【今日のうねり】
「感情は王様、論理は家来」「人は正しい人の話を聞くのではない。信じた人の話を聞くのだ」という言葉がある。
結局、どんなに論理で正しいことを言っても、感情を動かすことができなければ、人を動かすことができないのだ。
なので、論理的であることよりも、ハートを動かすことができる方が、上だ。
でも、最上策は、どちらもできること。論理的but感情直撃。人を動かすコミュニケーション力を求めるのであれば、心も頭も磨かなければならないのだ。